(書評)14歳とイラストレーター

著者:むらさきゆきや



イベントの打ち上げで酔いつぶれたイラストレーター・京橋悠斗。彼が目を覚ますと、なぜかそのときとは違う服装。そして、コスプレ衣装に身を包んだ少女・乃ノ香がいて……
刊行されて、それほど期間を置かずに購入し、半年間も寝かせてしまっていた本書。……最近、そんなのばかりになっている……
元々、一般小説などの世界でもある専門的な仕事をしている人が主人公で、その普段の生活などの中の「あるある」的なものを中心にして物語を綴る、という作品は多かったのだけど(ミステリーでいうと、90年代の江戸川乱歩賞などは、専門職の主人公が周囲で事件が起き、その職の知識、蘊蓄を描きながら事件を解決する話ばかり。それが、その業界内での日常の謎方面へと移った、という印象がある)、最近はライトノベルレーベルの世界でもそういうのが多く出てきた気がする。代表的なのは、平坂読氏の『妹さえいればいい。』とかかな? で、本作は、主人公がイラストレーター。
とりあえずいうと、乃ノ香さん、何この女神!?(ぉぃ) 何か、もっとトンデモな方向へ行くのかと思ったら、完全に通い妻って何事!? そして、そんな状況の中での、イラストレーターの日常的なものが描かれている、という感じになるだろうか。
先に『妹さえいればいい。』を挙げたのだけど、話の内容とすると、こちらの方がマジメな感じ。『妹さえ~』の場合、小説を執筆するのに全裸で抱き合ってたりとか、ひたすらゲームしていたり、とか、そんな描写が多いのだけど、本作の場合、乃ノ香に下着姿でモデルを頼む、とか、そういう描写はあるものの、あくまでも普通に仕事をこなして、同人イベントなどに出展して……という日常を過ごしている。まぁ、イラストを描くシーンを文字媒体で、という難しさはあるのだろうけど、仕事そのものに悩む、というよりもその周辺が多いかな? と。
例えば、作中に出てくるイラストレーター・ナストキュウリ女史。気弱で、話を遮ったりするのが苦手、ということで、文字通り、同人イベントでストーカー的な男性に付きまとわれて困っている、というのが描かれる。自分は、イラストとか全く描けないけど、コミケで出展すると毎回、やってきて、色々と話をしていく人とかいるから、その状況ってすごくリアルに頭に浮かぶ。うちの常連さんは、私がおっさんってこともあってそんなに迷惑になるような人はいないのだけど、若い女性とかだったら……絶対にあると思うもの。
また、なぜ同人イベントに参加するのか? 確かに、プロではある。でも、不安定な仕事だし、また、プロである以上、好き勝手には描けない。しかも、絵は描いてナンボ。勿論、金って側面もある。かなりぶっちゃけた話だけど、そういうのを隠さずに綴る、っていうのは貴重じゃないかな? と感じる。
単純に「小説」として見た場合、乃ノ香がなぜ、そんなに悠斗の世話をするのか? とか、そういうのがよくわからないし、それほど起伏もない。そういうのは、2巻目以降に期待、ってところだろうか?

No.4401


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(書評)セイレーンの懺悔

著者:中山七里



度重なる不祥事により、放送中止の危機に陥っている帝都テレビの看板ニュース番組「アフタヌーンJAPAN」。起死回生を図るため、葛飾区で起きた女子高生誘拐事件を追うこととなった中里と多香美。間もなく、その女子高生の無残な惨殺体を発見することになり、二人は、その周辺を探ることに。緘口令の敷かれた女子高生の学校での取材で、彼女がイジメを受けていたらしい、という情報を手にするのだが……
マスコミの在り方とか、そういうものが一つになりつつ、同時に、お仕事小説という側面も感じる作品。
個人的に、著者の社会問題を扱う作品は、著者の調査不足なのか非常に一面的でよく言えば青臭い、悪く言えば薄っぺらい青年の主張みたいなものが描かれることが多く、辟易とすることもあるのだけど、本作は比較的、そういうのは抑えめになっていたかな? まぁ、終盤の多香美の演説とかは、そういうものを感じたりするけど。
メディアによるスクープ合戦。事件が発生すれば、いかに早く、関係者にインタビューができるかを競い、そして、本来、事件を捜査する警察をも出し抜いて新情報を、と奔走する。事件に取り組むことになった多香美たちは、その被害者両親へのインタビューに成功。さらに、学校でのイジメという情報から自らの推理を立てていくが……
正直なところ、報道の行き過ぎ。そして、誤報といったものを扱った作品の中で、本作の誤報への動きはかなり酷い。確かに、取材というか、調査の中で、被害者をイジメていたグループがその話題を口にしたのは確かだけど、それだけで追跡調査などをせずに……っていくらなんでもあり得ないレベルでのひどさだろう、と……。「貧すれば鈍する」って言葉はあるけど、それにしてもお粗末。スピーディさを重視した結果かもしれないけど、比較的、冷静な立場にいた多香美、中里と、放送したい上層部との葛藤とか、そういうものを描いてくれた方が「お仕事小説」的な部分では嬉しかったかな? と思う。
そして、その上でのひっくり返し……。これは、登場人物が比較的少なめなので、その点では誰が、というのは予測可能。ただ、一番、最後に出てくる人物の本音ってすごくリアリティを感じる。人間、誰でも表裏があるし、自分の生活だってある。そういうものを考えたときに……。話全体の流れがご都合主義的に感じたりしたことがあったのだけど、最後に吐露されるこの人物の心情で救われた(いや、関係者的にはどん底に落とされる形なのだけどね)

No.4400


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(書評)出版禁止

著者:長江俊和



著者の長江が手に入れたのは、「カミュの刺客」という題のいわくつきの原稿。そこに書かれていたのは、2002年に愛人と心中を図り死亡した著名なドュメンタリー作家・熊切敏についてのこと。原稿の執筆者・若橋は、熊切と心中を図るも生還した女性・新藤七緒(仮名)と接触し、独占インタビューに成功していたのだが……
そのルポの中で描かれるのは、冒頭に書いた通り、熊切と心中を図ったものの生き残った女性へのインタビューをメインとした内容。事件から7年余り、それまで沈黙を保っていたその女性がようやくインタビューに応じてくれる。そのことへの興奮。折角、答えてもらえそうなのに、寸前でひっくり返されたらどうしよう、という不安感。それでも、しっかりと回答してもらえることになり安心する。しかし、回答を躊躇ったりした部分について、考察していくうちに疑惑が生まれて……。
文庫の裏表紙に「異形の傑作ミステリー」というコピーが踊っているのだけど、傑作かどうかはさておいて、「異形」なのは確かだな、と感じる。
文庫で340頁あまりの作品。そのうちの300頁弱を、若橋というライターが書いたルポ及び手記という形で綴られており、さらに、その内容も前半はルポのような形だったのが、後半は手記のような形になっている。そして、「あとがき」という名のその後で色々とひっくり返していく、という構図になっている。この手の形式で描かれた作品であれば、お馴染みのトリックが仕掛けられているので、そのこと自体はある程度、予測がつくのだけど、インパクトの強い、映像的な事件との組み合わせもあって、印象に残るシーンが多い。
この作品の感想を書いていると、なんで若橋は七緒に惹かれたの? 逆に七緒はなんで? とか、そういうのが薄っぺらい、っていうようなものがあったんだけど、これは作品の形式故に仕方がないことじゃないかな、と思う。むしろ、そういうところがすっ飛ばされているがゆえに気持ち悪さ、みたいなところも味になっている気がするし……
読後感としても。決して晴れやかなものではない。そもそもが、仕掛けをいくつか用いた、という形で、解釈次第で「この部分はこういう意味だ」というのがいくらでも作れそうな気がする。著者が映像作品で出した『放送禁止』シリーズなどを全く知らない私なので、それとの比較はできないのだけど……なんか、深読みすると色々と……っていう作風は、私が中高生くらいの頃に流行ったアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』と、それに影響を受けた色々と伏線が張られて、全てがすっきりと解消されない作品集の味に近いような気がする。

No.4399


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著者:井中だちま



母・真々子と共にゲーム世界へと入った真人。しかし、その母があまりに強すぎて、自分たちの存在意義を見失いそうになる日々。そんなときに知ったのは、強化アイテムが手に入るという学園の試験運用クエストの存在。しかも、そこに参加できるのは子供のみ。勇んで参加することにする真人。そこで、プレイヤーキャラの癒術師・メディと出会うのだが……
前巻では、作品の世界観とか、設定とかの説明が必要になっていたから、というのはあるのだけど、2巻になって作品のテーマ性みたいなものがより、強く出てきたんじゃないか、という風に思う。
まぁ、前巻のラスボス的な存在であるワイズの母親と、今回登場するメディとメディの母親って、一見、正反対だけど実は似たような存在。前巻のワイズの母親は、子供のことなど放置して、ただ自分の欲望にだけ忠実な存在。対して、メディの母親は、自分の娘に「一番になれ!」と常に言い続ける。そして、そのために、娘の行動に干渉をし続け、しかも、場合によっては周囲の人々の行動を妨害してでも……という存在。そして、そのことが何よりもメディの心を蝕んでいく……。ワイズの母親もかなりひどいのは確かだけど……ただ、良くも悪くもワイズの場合、自分の感情とかは表に出せるのに対し、メディの場合はそれすら許されない。そう考えると、メディのケースの方がさらに深刻というのは感じる。
……と書くと、何か、すごく真面目な話のように思えるし、個人的に、その真面目さは絶対にある話だとも思っている。
でも、そういうテーマを内包しつつ、しっかりとギャグ作品として昇華させているのが上手い。母親が参観する、ということになり、自らの魔術で周囲の妨害を始めるメディ母。でも、真々子のそういう効果を打ち消す効果により無効化。プールの授業で、やたらと気合を入れ、金色の水着で現れるメディ母に対しウンザリ……と思っていたら、真々子がスク水で登場。なぜか盛り上がるクラスの男子。そして、一人、痛恨の一撃を食らう真人……。キャラクターの立ち位置とかがはっきりした分、ギャグの安定感も増しているように感じる。
物語的に、何か、最後に陰謀的なものとかが含まれているのを予見させるとか、そういうのも含めてすごく「こなれてきた」感があって面白読めた。
ただ……シラセさんがあまり出てこない、というお知らせをしないといけないのは寂しい(ぉぃ)

No.4398


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(書評)路地裏のほたる食堂

著者:大沼紀子



幼い頃の過ちが原因で、何をしでかすかわからない、というレッテルを貼られてしまった大学生の亘。そんな彼は、教育実習で故郷の高校を訪れる。そこで再会したのは、天才ではあるが滅茶苦茶なマイペースな幼馴染の結衣。そして、そんな故郷では缶の中に子猫が詰められている「猫缶」事件が発生していて……
ドラマ化もされた『真夜中のパン屋さん』シリーズでもお馴染みの著者。私は本作が初読なのだけど……
正直なところ、この作品は主人公が誰だったの? そして、どこをメインにしたかったのかな? という感じの読後感になってしまったなぁ……
物語の大半は、冒頭に書いたような亘視点の物語として綴られる。教育実習生として、母校へと戻ってきた亘。そこで再会した結衣。そんな彼女が興味を持ったのは、地元で発生している「猫缶」事件を調べること。ところが、そんな中、絶世の美少年だけど、複雑な家庭環境を持ち、また、炊飯器をもって奇妙な占いを行う少年・鈴井遥太が関わっているようで……
ある意味、学園のアイドル的な存在となっている遥太。しかし、猫缶を調べる内、彼が亘に見せたのは、「危険」な顔。その複雑な家庭環境もあり、彼の心は……そう考えるも、しかし、結衣は止まらない。なので、遥太以外に標的をそらし、うやむやにしようとするが、しかし……。ちょっと、終盤のネタバラシがあっけらかんとし過ぎかな? と思ったところはあるのだけど、ある意味、アニメとかでいがちな暴走ヒロインの手綱を取りながら、問題を済ませようとするものの、どっちに転んでもというような流れは興味を引く。それも敵対する形になる遥太の影の濃さ……そういうものも良いアクセントになっていると思う。
ただ、その一方で、タイトルにもなっている「ほたる食堂」の存在感がイマイチ。屋台で、しかも、日替わりでカレーだったり、餃子だったり、焼きおにぎりだったり……と何の店なのかわからない料理を出す店主の神。それは興味深いのだけど、でも、何かお調子者で、という以外にはこれといった形では話に絡んでこない。そんなままに物語が終わったと思ったら……
一応、亘と結衣の過去に横たわっているクロエという存在について、なぜ遥太が知っていたのか? とか、当初、占いが凄く当たる、という話だった理由とか、そういうののネタバラシとしてスッキリとはする。……するのだけど、そこまで主人公が亘だと思っていたところにいきなり他の人間が割り込んできて、全てをかっさらっていった、という感じがどうしてもするのである。こういうと何だけど、すごく気持ちが悪い。
何か、もうちょっと何かうまい構成の仕方はできなかったのかな? という読後感が強くなってしまった。

No.4397


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(書評)さらば愛しき魔法使い

著者:東川篤哉



シリーズ第3作となる短編集。全4編を収録。
これまでのシリーズでもそうなのだけど、殺人事件が発生。その捜査をする中、魔法使いであるマリィが関係者に魔法を使い自白させる。とはいえ、それでは証拠にならないので、主人公である聡介が、その証拠を犯人とのやり取りなどを通して探す……という格好。ただ、今回は冒頭に犯人視点で事件を起こす描写が入り、さらに、その後も基本的な流れが全て同じという形で綴られている。
そんな中での各エピソード。腹違いながら、見た目がそっくりな弟を利用してのアリバイ工作を企てる1編目『魔法使いと偽りのドライブ』。正直、これは苦しくないか? という印象。作中で登場したモノについての特殊性とかは「なるほど」とは思う。でも、「慣れてなかったら思わず」とゴリ押しされたら、それ以上、追及のしようがなかったんじゃないかな?
ダイイングメッセージが題材の3編目『魔法使いと血文字の罠』。被害者が偶然、それを手に取っていた、というのはちょっと出来過ぎな気はする。ただ、以前、どこかで、「新しい技術の開発によって、ミステリー小説の従来のトリックなどが書きづらくなった。その一方で、新たな技術を用いたトリックなどが作られるようになる」っていうような話を目にしたのだけど、まさにそれを体現したような話になっていると感じる。
と、まぁ、多少、上手く行き過ぎ、という感じはあるのだけど、形式美とか、そういうものを含めて楽しく読むことが出来た。
そして、そんな物語の裏で続く部分……
「苗字が欲しい」というマリィの願い。そんなマリィの願いについて、複雑な想いを抱きながら日常を過ごす聡介。そんなとき、マリィの存在を嗅ぎつけた雑誌記者が現れて……となって……
これは続くのかな? これで完結編とすると正直、かなり寂しい。でも、こういう終わり方もあってもおかしくない。でも……
なんか、凄くモヤモヤする終わり方なんだよな……

No.4396


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著者:岩関昴道



朝の散歩で会っていた少女は、売り出し中の若手女優だった。俺、成田利夫は、彼女に会うため、芸能界を目指すことにした。ところが、オーディションの小道具に掛けられた呪いでなぜか俺の身体は女性化。しかも、ミニスカートをはいてアイドル活動をすることになってしまって……
粗筋を読んだとき、女体化した主人公が、その葛藤と戦いながらアイドル活動する話だと思っていたのだけど、どちらかというとミステリテイストが強い話だったな、というのが何よりもの感想。
序盤は、タイトルの通り、女体化する。そして、アイドルとして活動を始める、という話なのだけど、そんな主人公たちが暮らす寮に、別の事務所に所属しているはずの憧れの少女・瀬戸あおいがやってくる。なぜ、そこへとやってきたのか、というと人気急上昇中の俳優・白鳥亜蘭との不倫報道がされ、身を隠すため。しかし、そもそもあおいは不倫なんてしていない。一方で、白鳥側は早々に不倫を認め、謝罪してしまったため、あおいに対するバッシングが開始されてしまう。なので、リセ(利夫の女性としての名)は、あおいを救うために行動を開始して……
あとがきによると、著者は元々、映像制作会社にいて、芸能界の話なども色々と聞いているらしい。それだけに、週刊誌報道を巡ってのあれこれとかは(多少、耳にしたことがあるけど)リアリティがある。そもそも、真実よりも面白いかどうか、的な話って、ネットニュースとか、そういうのでも言える話でもあるわけだし。そんな中で、芸能界の常識を無視してのリセの暴走、そして、白鳥の行動の理由は何なのか? その中での、それぞれの事務所、出版社といったあたりの攻防戦は面白かった。
ただ……主人公のリセ(利夫)は、女にも、男にもなれるっていう設定があるんだけど、あまり物語にそれが寄与している感じがしない。ずっと女性のままでも話が組み立てられると思うし、逆もまたしかり、という感じがする。また、ぶっちゃけ、主人公が芸能人じゃなくて、例えば、マネージャーとかでも話が組み立てられる気がする。そういう意味で、主人公の設定が活かされているのか? というのはどうしても疑問になってしまう。
なので、芸能界を舞台にした軽めのミステリ作品くらいのイメージで読んだ方が良いのかな? と思う。

No.4395


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(書評)宿命と真実の炎

著者:貫井徳郎



幼い日、警察沙汰によって離れ離れになった雅也とレイ。大人になって再開した二人は、警察への復讐を誓い、着々と実行していく。地元で起きた警察官殺害事件の捜査に加わった野方署の女性刑事・高城理那は、被害者・小川と同じ時期に同じ署にいた白バイ警官が自損事故で死亡していたことに疑惑を覚えて……
後悔と真実の色』の続編になる作品。
著者は「ミステリ作家」と言われることが多いのだけど、よくよく考えてみると犯人が誰なのか? というような作品って意外とない。そんな著者の作品としては珍しい、ある意味、真正面からの犯人捜しミステリとなっている。
物語は、冒頭に書いた女性刑事の理那。犯人である雅也。そして、スキャンダルで警察を追われた元刑事の西條という視点を中心に綴られる。そのためか、まず読んでいて感じるのが「もどかしい」という思い。雅也視点で綴られるため、読者としてはそれが連続殺人であることは明らか。しかし、捜査をする理那視点では、本当に連続殺人かどうかもわからない。だからこそ、そこから仮定を重ねながら証拠を固めていかねばならない。そして、被害者のミッシングリンクから一人の容疑者が浮かび上がるが、しかし……
この物語、前作の主人公である西條が物語に本格的に絡むまでは、時間がかかる。そこまでは、というと、警備員としての倦んだ日々。そして、兄の紹介で、その会社に入ったものの、やはり、そこに居所を見つけられない日々。そんなとき、舞い込んできたのは、警察を辞め、通うようになった古書店店主の家でのトラブルであり、彼を頼ってやってきた理那からの相談……
前作で落ちるところまで落ちた西條だけど、その観点から言えば、「再生の物語」と言えるのかもしれない。そして、そうなる理由となったのは、前作では全く彼が頓着していなかった周囲の人間との繋がり。古書店の話は、そこでのやりとりを通じて店主と知り合い、信用されたことが大きいし、理那が西條に相談をしたのも、何だかんだで、捜査一課の面々が彼を評価していたから。そして、何よりも、理那が語る理想、心意気、覚悟に打たれたからこそ……。反対に、基本的には生真面目な誠也は、それとは逆に。この辺りが正反対となっているのは、計算だろうな。
独立した話だけど、やっぱり前作は読んでおいた方がたのしめるのは間違いない。著者が、自らのサイトで、前作が全編、本作が後編、ととらえてもらっても構わない、と書いているんだけど、その説明が凄くしっくりときた。

No.4394


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(書評)掟上今日子の旅行記

著者:西尾維新



勤めていた旅行代理店の退職金替わりにもらったチケットでパリを訪れた隠館厄介。ところが、そこで出会ったのは忘却探偵・掟上今日子。一度、眠ってしまうと記憶がリセットされる彼女がパリに来た理由。それはエッフェル塔を盗むという「怪盗淑女」なる存在からの予告上。ところが、回答の目的は今日子を回答に仕立て上げることで……?
シリーズ第8作。
今日子が探偵足り得る理由。それがそれだけに、ここで描かれる事態そのものは想定されていたのだけど、ここで持ってきたか。
ということで、怪盗淑女からエッフェル塔を守るべくしてパリに来た今日子。しかし、ひょんなことで今日子は眠ってしまう。そして、その眠っている間に身体に書かれたメッセージは「探偵」から「怪盗」へと書き換えられていた。そして、その通りに、今日子は怪盗としてエッフェル塔を盗む方法を考察する……
厄介の台詞じゃないけど、なんで、自分自身のことについての信頼感だけはやたら高いんだよ!(笑) どうにかして、盗みをやめさせようとする厄介。しかし、やたらと高い自分自身に対する信頼度と、助手として扱われたことにより上手くいかない。仕方なく、今日子のアイデアを聴きながら、チャンスを狙うことに。一方で、今日子は、なぜ自分がエッフェル塔を盗もうとしたのか、という動機から方法を考察して……
これまでのエピソードとは立場が異なるというトリッキーな形での展開。しかし、その一方で、シリーズを読み進めた側としては一番、安定感のある厄介と今日子という関係性でそれをやる辺りは、流石にシリーズを重ねてきただけのことはあるな、と思う。
と、同時に、最終的に今日子が黒幕に提示した方法は……なかなかロマンチックで面白い。ここで書かれたものがどこまで正しいのか、とか、そういうところはわからないのだけど、世界的に有名なランドマークを使って、壮大な夢を示す。日本を離れ、パリという舞台にしたのも、それがやりたかったから、なのだろうか? 著者が、こういうことをすると思ってはいなかったことも含めて、予想外の結末にインパクトが残る。
単行本で200ページほど、といっても行数とかが少ないので、中編くらいの分量なのだけど、満足感そのものは高い読後感となった。

No.4393


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著者:久遠侑



雨宿りの中のキス。由梨子から気持ちを伝えられた健一だったが、共に暮らし始めた里奈への感情と交じり合い、返事をできないでいた。夏、そして、秋、里奈のいる季節を経る中、皆の関係は確実に変わっていき……
前作の感想で「何もない話」と書いたのだけど、その雰囲気は2巻目も健在。
冒頭に書いたように、由梨子からの告白を受けたものの、自分の気持ちの整理が出来ず、返事をしないままに過ごす健一。夏休みの日々、二学期の生活。里奈への想いはある。でも、一緒に暮らす生活。当初の、異物が入ってきた、という感じもなくなって、だんだんと文字通りの「家族」という印象に……
あとがきで著者が「細かな文章のニュアンスで全体の印象が大きく変わってしまうような作品」と書かれているように、何もない中での、ちょっとした出来事
。その中での心の揺れ動き、というのを徹底的に丁寧に切り取った作品、という風に言える。作中の時間軸としては約半年ほどになるのだけど、冒頭で書いたように、由梨子からの告白というイベントからの、しかし、淡々と続く日常がリアルさを感じる。自分の里奈への想いは、恋心なのか? それとも……。同じ部活の仲間が恋人として付き合い始めての比較。とにかく、由梨子を待たせていることの罪悪感。その中での結論は……
この作品の場合、どうやっても、魅力を伝えきれる自信がない。というのは、先に書いた著者の言葉の通り、ちょっとした言葉遣いとかに気を使って描かれた空気感というのが何よりものこの作品の魅力だから。ミステリー小説のように思わぬトリックが! とか、恋愛小説なんかのような泣ける結末とか、そういうのならば、何ともでも書ける。でも、この作品は実際に読んでもらわないと伝わらないからなぁ……。
正直なところ、2巻で完結してしまう、というのは勿体ない気がする。ただ、その一方で、このくらいの巻数だからこそ、誰かにも「面白いからおすすめ」と手軽にお勧めできる、っていうところもあるんだよな。
作品のクオリティは文句なしの出来。刊行からかなり経過して読んだ人間がいう台詞じゃないけど、ぜひ読んでほしい。

No.4392


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