(書評)黒い波紋

著者:曽根圭介



不祥事で警察を追われ、借金すら背負った加瀬奨造。30年以上、音信不通だった、という父の遺体を引き取ったその時、父の遺品に奇妙なビデオテープと不可解な金銭の動きがあることを発見する。そこに映っていたのは……。一方、長年、山梨を地盤とする政治家一家・臼杵家に長年使えてきた生方貞次郎は、臼杵家の女帝こと、臼杵静江から息子であり、現衆院議員である浩太が何者からか脅迫を受けている、と相談を受ける。
まぁ、冒頭のあらすじで予想できるように、加瀬は脅迫する側。そして、貞次郎は、その脅迫者を探る側、として物語が展開する。こうやって書くと加瀬が主人公みたいに見えるけど、物語の7割くらいは貞次郎の視点でつづられる。
脅迫をされている浩太。幼いころから素行に問題があり、最近も失言問題の矢面に立たされた男。臼杵家に仕えてきた身として、その辺りからと想像はつく。そして、その中でも最大の事件といえば、まだ先代が健在だったころ、事務所で浩太と付き合っていた女性が死んだ事件。遺体の処理を行い、事件は別の人間が逮捕されて終息したはずだった。しかし……?
奇しくも政界では、臼杵のライバルともいえる萬田家が地元を狙っており、切り崩し工作が行われている最中。そこも疑わしいが、と思っている矢先、浩太は、貞次郎を萬田のスパイをみなして妨害を試みる。
はっきり言って、脅迫者である加瀬もかなりのクズ。貞次郎が守るべき相手である浩太もまた……。その中で明らかになっていく、浩太が起こした事件の真相。そして、それを守る静江の想い……
あまり、終盤の貞次郎の心境などについて深く掘り下げられたわけではないけど、ある意味、貞次郎としては、かばり切れない、というか、「こんなのは切り捨てて」っていう思いが強くなっていったのだろうな、という感じがして仕方がない。それが最後に彼もまた裏切る、という結末に至ったのだろう、という気がする。そして、その調査の過程で知った女帝・静江の過去と、最後の決断……
過去に静江がとった行動。そして、彼女の決断と、ラストシーンでの姿……
物語の主人公は間違いなく、貞次郎ではある。けれども、すべてが明らかになったときに、貞次郎の視線でつづられた静江の姿を見ると、政治家一家ではあるが、しかし、決して盤石とはいえない臼杵家を守り抜く。そんな静江の人生そのものが物語の根幹に横たわっているように感じる。
見合い結婚で、決して自分の意志で来たわけではない静江。それでも政治家の妻として、母として、臼杵家を守り抜くことを強要され、それを続けてきた存在。だからこその非情の決断だったのだろう。でも、どんなに愚かな息子であったとしても、浩太は……。「家を守る」と「母親であること」の板挟みにあい、その中でせざるを得なかった彼女の慟哭をラストシーンから感じずにはいられなかった。

No.4500

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著者:比嘉智康



僕(囚慈)、θ郎、キイロ。同じ肉体の3つの人格によってチーム市川櫻介は成り立っている。小学生時代、そんな僕のことを知ったのは同じくいくつものじんかくをもっている、という少女・一色華の実。高校で再開した彼女は、「また、多重人格ごっこして、くれないかな?」と告げて……
そして、一応、ジャンルとしては(これをジャンルと呼んでいいのか? という気もするが)、多重人格モノとでもいう作品。
ゲームやアニメが好きで、比較的穏やかな性格の僕。理論派で、気に食わない相手は完全に論破してしまうθ郎。運動神経に優れている一方で、周囲の空気とかそういうのを全く読まない(良い意味で)素直なキイロ。小学校時代は、それぞれの得意分野を表に出し、「完璧な少年」であった櫻介。しかし、そのことが鬱陶しくなった人格たちはそれを隠し、むしろ、その言動から「変わり者」として現在を過ごしていた。
一方の華の実は劣悪な家庭で育ち、小学校時代は周囲からイジメを受ける対象。しかし、再開した彼女は周囲からの人気者。けれども……
著者の作品を読むのは初めてなのだけど、読みながらまず思ったのは、チーム市川櫻介の人格たちの掛け合いが何とも楽しい、ということ。基本的に、チーム櫻介は、それぞれ人格間で会話ができ、それぞれの状況に合わせて人格交代ができる。一方、華の実の「多重人格ごっこ」は、春夏秋冬をモチーフにした姉妹という設定で、それぞれで喋り方などは異なる。けれども、その言動にはブレがあり、あくまでも「演じている」のだろうと思える。でも、小学校時代の楽しい思い出は一緒。だからこそ、再会後、同じことを……
幼いころからの気の置けない関係。周囲から見れば一対一という感じではあるが、チーム櫻介でのやりとりもあるため、幼馴染のグループが再会したような懐かしい雰囲気。その中で、僕が自覚するのは、θ郎、キイロにはない感情。すなわち、華の実に対する恋心。そして……
華の実が歩んできたつらい過去。そして、その中で生まれた人格たちの覚悟。ちょっと切ないけど、でも……そんな読後感がすごくよかった。

No.4499

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著者:麻見和史



銀座のブティックのショーウィンドーに男の遺体が吊るされた、という事件が発生。遺体には黒いアルミホイルと蓄光データが残されていた。如月塔子ら十一係は捜査を開始するが犯人の様子は見えてこない。そんな中、同じ銀座に「何者かに拉致された」というメッセージが残されたICレコーダーが発見されて……
シリーズ第9作。
今回は文字通り、「土地ならでは」ということかな? 銀座のショーウィンドーで発見された遺体から始まって、拉致被害を訴えるメッセージ。数多くの人々が行きかい、目撃者も多くなるだろう場所。死体を遺棄するにしても、メッセージを残するにしてもリスクが高すぎるだろうことをなぜするのか? さらに、最初の被害者、舞台演出家の黒田と、拉致被害者たちのリンクは一体どこにあるのか? そして、拉致被害者はどこに? 犯人の切ってきた期日はなぜか?
犯人、被害者のミッシングリンクに関していえば、終盤になるまでわからないのだけど、銀座という土地にこだわった理由。それぞれの場所の意味に関しては、地図が用意されていることなどもあり、具体的な場所のイメージとともに考えることができた。もしかしたら、地図を見ながら「もしかしたら」と勘づくかもしれないけど、それはそれで良いんじゃないだろうか。
そして、このシリーズの見どころの一つである塔子の成長だけど、終盤、真犯人との対峙に集約されると思う。
動機などについて同情すべき点もある犯人。しかし、そのために犯人が大事にしなければならない存在を巻き込み、さらに本当に凶悪な犯罪をしてしまった。そんな相手に対する痛烈な一言。塔子自身、その後、「実は同情している部分もある」と語ったように、完全に本心とは言えない。でも、微塵もそれを感じさせずに犯人と対峙した、っていうのは刑事としての図太さとか、そういう意味も含めて成長していると言えるのではないかと思う。
シリーズの中でも地味な話のようにも思うが、これはこれで完成された物語だと思う。

No.4498

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著者:詠坂雄二



月島前線企画に持ち込まれた依頼。それは、10年前、ホラードキュメントのロケハンで孤島を訪れたスタッフ6人がそこで死亡したという事件。1人が1人を殺し、自殺。あとの4人は事故死。スタッフの残した映像から、そのように警察は結論付けた事件について不満がある、という依頼人は、その事件の調査を依頼するのだが……
うーむ……
一応、『リロ・グラ・シスタ』などのシリーズ作ということになるのかな? まぁ、著者の作品はある程度、それぞれの作品につながるがあるとは思うのだが……
物語の大半は2つのパートを繰り返す形で展開する。
1つが、島に渡ったスタッフの残した映像の中の様子。フェイクドキュメンタリーを撮るために島へ渡ったスタッフたち。昔は人が住んでいた、というその島を歩き、映像として使える場所を探る。しかし、その中で事件が……。もう1つが、そんな映像を見ながらその事件について考察するスタッフたち。月島前線企画は、その名の通り、名探偵・月島凪が所長であるのだが、その月島凪は別の事件のために不在。その中で、映像を見ながら事件であるなら……と考察していき……
こういうと何だけど、事件そのものはかなり地味だし、その考察というのも、ある意味、重箱の隅をつつくような形でしかない。そして、一応の結論が出たとき、凪が帰還して……
ここで物語は大きく場面転換をする。物語も、島で起きた事件の真相は? というものから……
この作品の月島前線企画もそうだし、ある意味では『名探偵コナン』の毛利探偵事務所でもそう。いや、現実に存在している興信所などでもそうかも知れない。すなわち、探偵というのはある目的のために依頼を受け、その依頼人の希望を叶えることが一つの目的となっている。勿論、まったくの白を黒とすることはできない。しかし、もともと、あいまいなものならば? そして、それを加えての終章で出てくるのは、探偵のあり方……
もっと別の方法で、謎解きなどとそのまま調和させて、このあたりのあり方を考えさせる物語も作れるのかもしれない。でも、本作の作り方だからこそ、終盤が際立つ、とも言えるんじゃなかろうか。

No.4497

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著者:大森藤ノ



「言っただろ、雑魚は足手纏いだってな」 闇ギルドの罠により多くの死者を出したロキ・ファミリアにあってそう言い放ったベートはその一言により、ファミリアから孤立する。ロキからも謹慎を言い渡されたそんなとき、彼の前に現れたのは、アマゾネスの少女・レナ。彼女の猛烈な求愛を受けるそんなとき……
第8巻はベートのエピソード。
まず、言うと……ヤンデレ、怖い!(笑) あらすじでレナに求愛された、という話を書いたけど、レナさん怖い(笑) ベートを愛し、そこに執拗に付きまとう……くらいはまぁ、わからないでもない。でも、思い切り腹パンされて「妊娠しちゃう!」とか言って喜ばれても……。フィンに対して熱烈なラブコールを送っているティオネがドン引きするってすごいぞ(笑)
ベートに関していうと、アニメとかでも印象的なシーンとして、アイズに助けられ命からがらダンジョンに戻ってきたベルを罵倒するシーンが有名だけど、そこでも出てきた弱者に対する罵倒。その真意っていうのが、今回のエピソードかな?
ただただ強さだけを追い求め、弱者を罵倒し続けるベート。その過去にあるのは、自分の力の弱さ。そして、死んでしまった同胞たち。それが、彼の強さを求める原点であり、同時に弱さをそのままにいる者たちへの怒り、苛立ちへとつながる。そして、それと同時にあるのは、罵倒することでしか、弱いものを奮い立たせることができない彼の不器用さ。だからこそ、本当は誰よりも仲間の死に対して敏感でもある……
それが現れるのが、闇ギルドによるイシュタルファミリアの襲撃。望んでもいないのにひたすら付きまとい鬱陶しいと感じるレナの危機に怒り、そして、彼女を守ろうとする姿……
ベート視点で描かれる話なので、その心根は早い段階で読者にはわかるのだけど、今回のエピソードで印象的なのは、なぜ彼がアイズを評価するのか? それは、彼女もまた、純粋に強さを追い求める同志として認めているから。そして、当初、その弱さを嘲笑したベルがアイズを追い、猛烈な速さで強くなってきていることについても評価をしている。その辺りは、予感はあったものの「やっぱり」という感じ。
話としては、幕間劇という感じではあるのだけど、ベートについての掘り下げ、っていう意味では読んでいて意味のある話だったと思う。
ただ……正直なところ、ロキ・ファミリアの面々に、彼の心根がバレてしまい、かつ、読者にも……となると……
ベートがこれまでの「憎まれ役」から、ただのツンデレさんになってしまいそうでちょっと勿体ない、と感じるところではある。

No.4496

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(書評)探偵さえいなければ

著者:東川篤哉



4年ぶりの烏賊川市シリーズの短編集。全5編を収録。
個人的に好きなのは1編目の『倉持和哉の二つのアリバイ』。
資産家である義父を殺し、その遺産を手に入れようと考えた倉持。しかし、捕まってしまっては元も子もない。そこで、倉持は探偵・鵜飼を呼び出し、彼に依頼をしている時間に義父が殺された、というアリバイ工作を思いつく。だが、その探偵・鵜飼はいかにも頼りなくて……
非常にありがちなアリバイトリック。しかし、シリーズを読んでいる身としてはよくわかっているように鵜飼は、非常に不真面目。店で依頼をしている時も、隙あらば無料で飲み食いをしようとし、結果、酒も大量に飲んで酔っ払ってしまう。どうにも心配になってある言葉を言い続けた結果……。「あなたが言っていたんじゃないか」というこのオチは見事の一言。短編らしい切れ味があってすごく好き。
事件のインパクトという意味では4編目の『とある密室の始まりと終わり』。
密室状態の屋敷で起こったバラバラ殺人。現場にいあわれた鵜飼と流平は、その瞬間、現場の屋敷は密室状態であったことを図らずも証明してしまう。一体、どうやってその中にバラバラ死体を入れたのか?
謎解きで鵜飼が言うように、トリックは実にシンプル。でも、それを実行できるか、というと……。いくら切羽詰まっていたとはいえ、このトリックを実行するには相当な度胸が必要。ある意味、ものすごくグロテスクな話ではあるんだけど、鵜飼らのキャラクターもあってマイルドに感じられるなど、バランスもなかなかのもの。よく考えられたエピソードだと思う。
ここのところ、一時期の刊行ラッシュは鳴りを潜めた印象。けれども、刊行ラッシュのときはちょっとネタ切れとか、ネタの苦しさを感じさせるところも多かったのだけど、最近はじっくりとネタを考える時間もできたのか、大分、一作ごとのクオリティが高くなってきたのがわかる。ありがちなトリックをひねった展開で落とす1編目。とにかくインパクトのあるエピソードである4編目などはそれが結実したものと言えるのではないかと思う。

No.4495

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(書評)彼女の色に届くまで

著者:似鳥鶏



画廊の息子として生まれ、幼いころから画家を目指していた緑川礼。なかなか美術展の公募などでも上手くいかない高校生活のある日、彼は絵画損壊事件の容疑者にされてしまう。そんな危機を救ってくれたのは、同学年の無口な少女・千坂桜。彼女は、有名絵画をヒントに謎を解き明かし、礼はそんな彼女に絵を描くよう勧める。圧倒的な美術センスを持つ桜と、礼の前には次々と絵画にまつわる事件が起こって……
まず、本書は結構、金のかかった本のつくりをしているな、なんていう内容に関係のないことを思ってしまった。
物語としては、画家を目指している礼が、自分で絵を描くよう勧めた桜の圧倒的な実力に嫉妬し、しかし、同時に彼女の腕にひかれざるを得ない、というパート。そして、二人の前に事件が起こり、それを桜が解き明かす、というパートを繰り返す形で構成されている。そして、その謎解きのヒントとして、有名な絵画が出てくるのだけど、それぞれ、ちゃんとその絵画の写真が出てくる。本編の部分ではモノクロだけど、巻末にはちゃんとカラー写真で載っているなど、本当に金が掛かっているな、と感じる。
ただ、正直なところ、途中までは結構、退屈だと感じてしまった部分があったりする。終盤、ちゃんとヒントとして機能することになるのだけど、謎解き自体が結構、強引と感じるところがあるし、パターンも似通っている。なので、どうにも……と感じるところがあったりする。
ただ、その一種の短編エピソード的なものと、その間にある礼の葛藤、というものがだんだんと入れ替わっていく。画家として華々しくデビューするチャンスを手に入れながら、表に出ようとしない桜。そして、自分の限界を理解し始めていく礼。そして、その挫折の中で、礼が解き放った本当の真相……
その謎自体も、ある程度、予想ができていたところがあるのだけど(実のところ、桜の筆名について見た瞬間に「あ、これは……」と気づいた)、その上でのまとめ方が見事。明かされた真実の中、自分には画家としての資格がないという桜。その桜に対して、礼がいう一言。
「この先一生絵を描かないで我慢するなんていうことは絶対にありえない」
これまでの経緯、そして、その一言により、一度は挫折した礼の成長。そして、桜の一歩へ。きれいな青春小説へと昇華された結末は素晴らしかった。

No.4494

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(書評)メルヘン・メドヘン2

著者:松智洋、Story Works



メドヘンとしての一歩を踏み出し、静と友達になることも出来た葉月。けれども、魔法使いとしての実力も、静との絆もまだまだ不安な状態。そんなとき、静はヘクセンハナト次戦に向け熱海での合宿を提案する。しかし、そこに各校のメドヘンたちも集まり、大騒ぎに。そんなとき現れた謎の小動物・ブンちゃんを巡って葉月と静の意見が対立してしまい……
前巻もそうなのだけど、今回はより、葉月と静、両者のまっすぐな想いが描かれたエピソードになっているな、という印象。
友達になって、互いのことを考えるようになった葉月と静。静としては、何よりも葉月を大切に思い、だからこそ無理をしてほしくない。だからこそ、葉月が原書を使うことを禁止する。一方、葉月はとにかく、目の前にいる仲間、大事な存在を守りたい。だからこそ、禁止されていようが何だろうが、その危機を前にしたら何かをせずにはいられない。そして、そのことが両者の対立軸へ……
シリーズ化したら、当然、そういうことは起こる可能性はあると思っていたのだけど、結構、早い段階で来たな、というのがまず第一。そして、文字通り、そこで二人が殴り合い(というか、勝負をして、ってことだけど)になるとは思わなかった。こういう言い方をすると何だけど、喧嘩、それも文字通りの殴り合いをして、両者が互いの想いをぶつけ合うっていうのは、少年漫画、それも昔ながらの不良漫画とか、そういうノリだと思う。最近だと、『魔法少女リリカルなのは』とか、そういう感じだからそのノリかもしれない。
とはいえ、『リリカルなのは』はこじらせてしまった少女を、なのはが……という感じなのに対して、こちらは出発点はどちらも「相手が大事」というところだから、最終的には思いが伝わっての仲直り、という形で温かい形に。そういう意味では、ちょっと嫌な雰囲気も出るけど、やっぱり著者のカラーは大事にしているんだな、というのを感じる。
まぁ、しかし……大逆転の方法は凄すぎて反則でしょ!(笑)

No.4493

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著者:皆藤黒助



私の誕生日前日、祖父が危篤になった。肌身離さずに持っていたのは、私が生まれた日の写真。「五色の雨が降る朝に生れた」という理由でつけられた私の名前、「五雨」の意味とは……? 怖い印象しかなかった祖父の真意について、雨の日にしか登校しない雨月先輩に相談を持ち掛けると……
などから始まった連作短編形式の物語。
その名前が災いしたのか、大事な時にははいつも雨に降られてしまう雨女の五雨と、謎の先輩・雨月が謎を解いていく形。
とにかく、雨にまつわる蘊蓄が沢山。文学の中に出てくる雨から、自然現象としての雨。謎を解いていく中で、次々に飛び出してくるその手の蘊蓄がまず印象的。考えてみると、何かイベントをするには雨が降っていると厄介だし、また、仕事とかでも雨が降る、というだけでいろいろと業務に支障が出たりすることは多いわけだけど、雨って季節感とか、そういうのを表す言葉が沢山。季節の情緒とか、そういう意味では雨の方が晴れよりも多いような気がする。晴れだと、五月晴れとか程度で、あまり季節感を示すような言葉が思い浮かばないし……
冒頭に書いたエピソードは1編目の話なのだけど、自分が雨女だ、という言葉からあまり良い印象を持っていない五雨。しかし、祖父は自分が生まれたときに何をしていたのか? どうして「五雨」などという名前にしたのか、が判明した時、不器用で、孫に対しても優しく接することができない祖父の優しさみたいなものがじっくりと感じられたのは良かった。
そして、そんなやりとりを通して、五雨の過去、雨月先輩の正体について判明する3編目……
そもそも、雨の日にしか登校しないのに進級できるのか? あるトラブルについての調査の中、先生が言ったのは「そんな生徒は存在しない」という言葉。しかし、自分はここの生徒という雨月先輩。そこに五雨自身の過去が連なってきて……
ある意味、ものすごくハードな過去を持っている、という風にも言える二人。五雨自身が自戒するように、それが本当なら、五雨のことを憎んでいてもおかしくない。しかし、雨月先輩は……
過去を変えることはできない。けれども、その過去に向き合って前をしっかりと見据えている雨月先輩。そして、謎と向き合うことで、自分も前を見据えるようになった五雨。そんな結末が温かく、非常に読後感が良かった。それこそ、タイトルにもある「雨」じゃないけど、しっとりとした趣のある小説じゃないかと思う。

No.4492

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(書評)二礼茜の特命 仕掛ける

著者:城山真一



内閣金融局の秘密部署S2。そこに所属する二礼茜の任務。それは、依頼人の「大切なもの」と引き換えに、経営危機に陥った企業の資金作りをすること。水産会社の立て直しのしていた茜は、株式取引の最中、バイオベンチャー・エヌメディックの株価が奇妙な動きをしているのを発見する。やがて、そのエヌメディックの立て直しをすることとなるのだが……
『ブラック・ヴィーナス』の続編にあたる作品。まぁ、一部の設定を除いては、本書から読んでも問題ないと思うが。
結論から言うと、前作よりも格段に面白くなった。
物語は終章を含めて、全5章構成。第1章では、前作の前半のエピソードのように、経営の傾いた水産加工会社の運転資金をねん出するエピソード。そこで、この作品の世界観をおさらいし、茜がどういう仕事をしているのか、というのが示される。物語の導入編として十分な出来だろう。そして、その中でも出てきたバイオベンチャーの立て直しをすることに……
見るからにお人よしの社長が経営するエヌメディック。その株価の変動は、明らかにインサイダーの疑いがある。茜が出した条件は、インサイダーをした存在を発見せよ、というもの。隙のありそうな容貌とは裏腹に、情報のセキュリティには人一倍、気を使っている社長。株式変動に関する情報を入手できたのはわずかな関係者のみ。そして、その奇妙な変動から考えられるのは……
そして、そのインサイダーの条件を満たしたのちは、運転式を得るための攻防戦。研究の失敗、そして、インサイダー。悪条件が重なる中で引き上げていくスポンサー、そして、銀行。明らかなマイナスの中で、新たな投資者の捜索。しかし、その中では、すでに会社に見切りをつけた、としか思えない者も……。さらに明らかにどこかが妨害工作をしている様子さえ見えてくる……
前作の場合、ただ、茜が天才的な投資家であった、というだけで解決してしまっていた部分があったのだけど、会社の資産などを巡っての攻防戦などがテンポよく、しかし、専門用語などもそれほどわかりやすい形でしめされて展開していくため、私のような経済音痴の人間も全く苦になることなく読み進め、その攻防の面白さを堪能することができた。何よりも、終盤、関係者たちが一致団結して会社を守り抜く、というあたりは非常に熱量豊富。
まぁ、必ず上手くいく茜の投資、とか、茜の知り合いに偶然、世界的な投資家がいて……とか、ファンタジックなところはあるのだけど、変に唐突だった前作よりも物語としての完成度は格段に上がっていると思う。面白かった。

No.4491

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