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天上の葦

著者:太田愛





渋谷のスクランブル交差点で、空を指さして絶命した老人。彼が見ていたものは何かを探れ、という依頼が、興信所を営む鑓水の元へと入る。経営が苦しい鑓水は、その調査を受けることになる。一方、停職中の刑事・相馬は、非公式に失踪してしまった公安刑事の捜索を請け負うことになって……
『犯罪者』、『幻夏』に続く、修司、相馬、鑓水トリオシリーズ(で、良いのかな?)の第3作。
前の作品でも、著者が脚本を手掛けているドラマ『相棒』の、特にスペシャル版っぽい、と書いたことがあるのだけど、本作もそういう印象がある。
物語の導入としては、冒頭に書いた通り。鑓水、修司は、交差点で死亡した老人・正光秀雄の人生から追うことに。亡くなる2年前、心臓発作を起こして引退するまで、現役の医師として活躍。新聞などでも紹介されるような人物であったが、なぜかその前半生については沈黙を貫いていた。その前半生に何があったのか? そして、正光が亡くなった日、彼がどのように行動をしていたのか? そんなところへ迫っていく。一方、失踪した公安刑事・山波を探す相馬もまた、彼の行動を追うことに。その山波が追っていたのは、最近、メディアで引っ張りだこなジャーナリスト・立住と、大麻、さらには児童ポルノ作成事件を起こしていた宗教団体。しかも、事件を追う中で、山波を監視していた存在まで見え隠れし始める。やがて、その鑓水・修司と、相馬、双方の調査が繋がっている、ということが見え始めるが……、その途端3人は追われる身となってしまう……
これが第1部の内容と言えるのだけど、過去がわからない正光。何を追っていたのか? そして、何に追われていたのかわからない山波、というちょっと趣の違う二つの謎が非常にスリリング。それが結びついた途端に、今度は、3人が追う側から追われる側へ、という立場の逆転。ここだけで既に面白い。
そして、追われる立場となった3人が辿り着いたのは、正光が連絡を取ろうとしていた相手・白狐が住んでいると思しき瀬戸内の孤島。ここでは一転して、強いコミュニティが作られた島の人々とのやり取りの中で、誰が白狐なのか? というものを巡る物語に。島の人々との交流。その人々との会話の中で、時系列などを整理して……と、第1部とは違った趣の違う、ある意味、本格ミステリ的な味わいになっているのが印象的。そして、そんな潜伏先も追っ手に見つかってしまって……での第3部へと入るのだけど……
この作品のテーマというのは、色々と考えさせられる。巻末の解説で、戦争責任、という言葉があるのだけど、「空気」という言葉の恐ろしさが身に染みる。太平洋戦争末期、明らかに戦況が悪化しているにもかかわらず、日本は勝っているのだ、信じて疑わなかった人々。そして、少しでも批判的なことを言えば、それは「非国民」として処罰される存在になってしまった。なぜ、そのようなことになったのか? 正光、そして、白狐がそんな時代の渦中にいて感じていた矛盾点。そして、その挙句の後悔。
勿論、彼らのような存在が……というのは間違いないだろう。これを突き詰めると、どこまで? という気がしないでもない、っていうのはあるんだよな。確かに、「きっかけ」としては、正光や白狐らがいたから、というのはあるんだろう。ただ、でもそれだけではないわけで……。きっかけがあり、それに対し人々が支持を与える。その支持を受けて……その循環だったんじゃないか、という気がする。勿論、だからと言って、きっかけの側に責任がないわけではないのだけれども。
ただ、そんな過去を持っているからこその正光の行動。自分の行動に疑問を抱いたからこその山波の行動。その信念は非常に熱いものがあった。実際、現実世界でも本作ほど露骨ではなくとも、こういう動きの傾向というのが見え始めているだけに……。そして、それに反対するような側への一種の嘲笑なんていうようなこともあることを考えると、考えるべき時が来ているのかも、と思わざるを得ない。

No.5596 & No.5597

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むすぶと本。 『外科室』の一途

著者:野村美月



「本の声」が聞こえる少年・榎木むすぶ。とある駅の貸本コーナーで彼は1冊の児童書と出会う。「ハナちゃんのところに帰らないと」と切羽詰まった様子で訴えかけるその本の願いを叶えるため、持ち主である「ハナちゃん」を探すことにするのだが……。など、連作短編形式の物語。
単行本の『『さいごの本やさん』の長い長い終わり』と同時に刊行された作品。
『さいごの~』の方は、主人公が閉店することになった書店の店員・水海であるのに対して、本作ではむすぶ視点で綴られる。そのため、『さいごの~』では、「もしかすると、むすぶは本と会話ができる?」というくらいだったところが、本作では、むすぶは、本と会話ができる存在、というのが前提となって進んでいく。そのため、やっぱりちょっとカラーが異なっている印象。
でも、本と人間の関係、みたいなところは共通しているな、というのも思う。
粗筋にも書いた第1話『「長ぐつのピッピ」の幸せな日』。持ち主であったハナちゃんは、自分をいつも大切にし、どこにでも持ち歩いていた。そして、元気がないときなどは、自分を読んで元気になってくれていた。しかし、ある時、ハナちゃんは、駅に自分を忘れてしまい……。そんなところから始まった物語は、そのハナちゃんを見つけるのだけど、彼女はピッピを捨てたのだという。その裏にあるのは……
小さいころに出会った大切なもの。それからの卒業(?)と、その一方での未練。本に限った話ではないと思うけど、大事にしていたのだけど、ある日、幼稚だとか思って……ってこともある。でも、本の場合、年を取り、人生経験を積むことで、当時とは違った見方が出来る、なんてこともある。この一編でも、持ち主であるハナちゃんの、いろいろな意味での「成長」というのを思わずにはいられなかった。
芥川龍之介の『羅生門』を題材とした3編目。何かおかしな行動をとるようになった若迫くんという少年。彼は、「本に罹患した」という。一体、何の本に……? まぁ、先に答えを書いちゃったけど。本に触発されて、なんていうことはある。このエピソードではそれがネガティヴに行ってしまったわけだけど、それだけのパワーも、っていうのは感じる。と、同時に、この作品の何が魅力なのか、というのも良く伝わってくる。
そして、表題作。これは、結構、『文学少女』シリーズにテイストが近い印象。一回り年上の司書にずっと片思いをしている大学生・目白川さんの想いを手伝うことにしたむすび。目白川さんが愛読していた『外科室』は一途に彼を応援していた。……までは良いのだけど、そこからの展開が急展開。その年上の司書・鈴江さんの行動などから……。このあたりのひっくり返しの衝撃が印象的。
活動を休止する前から、著者は、先に書いた『文学少女』シリーズとか、本を題材にした作品が多かったのだけど、そのテイストというのがしっかりと継承されているな、というのを感じる。
ただ……本来はヒロイン的な役割の夜長姫(本)が、ひたすら嫉妬しているだけ。そして、それを「可愛い」と言い切るむすぶは、ちょっとおかしい(笑)

No.5595

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奈落で踊れ

著者:月村了衛



1998年。数々の不祥事の末に発覚した「ノーパンすき焼き」事件。前代未聞の不祥事により、揺れに揺れる大蔵省。接待を受けていた89年入省組の面々は、省始まって以来の変人と呼ばれる香良洲に協力を依頼する。元妻で、与党の一角である社倫党議員秘書である理代子から、会員名簿の存在を聞いた香良洲は、フリーライターの絵里と共に、その存在を追って……
『東京輪舞』『悪の五輪』などに続く、ちょっと昔の日本を舞台にした物語。
なんというか、ピカレスクロマンというか何というか……
「ノーパンすき焼き」というか、「ノーパンしゃぶしゃぶ」事件が発覚した頃って、自分が高校生だった時代で、その何とも言えない言葉の響きとか、そういうのを覚えている。そして、その数年後に大蔵省という名前が財務省へと変化して……なんていうことがあったり、議員の自殺があったり、とか、全貌とか、そういうのはともかくとしても、色々なことがあったのは覚えている。
で、物語としてはそんな時代の大蔵省が舞台。出世レースが繰り広げられるキャリア官僚の中で、自分も接待を受けていた、という89年入省組。処分を受ければ出世は不可能。そこで、彼らは、香良洲を頼ることに。この時点で、彼らの心意気が……っていうのは明らか。香良洲自身、そのことに乗り気とは言えないが、大蔵省の財政健全化方針には疑問を持っており、それを打ち消すチャンスではないか、ということで要請を受けることに。そして、ヤクザ、総会屋との密会などをしながら動き始める。だが、その動きの前に、香良洲同様、この危機を利用して自分の派閥を伸ばそうとする主計局長・幕辺もまた動き出す。
事務次官にまで上り詰めるには「ワル」である必要がある。ワルというのは、そのために様々な手段を取り、実行していくこと。勿論、信念も必要。
大蔵省の方針を変えたい、そのためには……という香良洲。一方、事務次官を目指し、現在の方向性を推し進めたい。そして、劇薬と分かっていて、幕辺もまた、香良洲を利用しようとする。勿論、最後には彼を切る、という前提で……。この二人の関係性が面白い。どちらも、方針としては真逆。けれども、どちらも互いを利用しようと考え、その中で策を巡らせる。その結果、どちらもが相手の力量を認めていく。その辺りの関係性が面白かった。
その一方で、予期しない形で出会ってしまった暴力団員・薄田と、理代子の使える議員・錐橋の恋は……完全にギャグ。その辺りもあって、緊迫しているはずなのに、なんか、そうでもないような印象を与えてくれる。
そんなやり取りの結末……。これはどうとらえるべきか。香良洲の狙いはある程度、成功しているのだけどでも……。そういう煮え切らない印象になるのは、その後の歴史があるから、だろうか?

No.5594

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著者:知念実希人



VIPを秘密裏に治療する会員制の医院・神酒クリニック。そのクリニックの会員から、意識のない女性の診察依頼が入る。全身ずぶ濡れの彼女は記憶喪失。そんな中で、彼女が口にしたのは「爆弾を作っていた」というもの。奇しくも、都内ではビルを狙ってのテロと見られる爆破事件が発生していて……
シリーズ第2作。
今回は、クリニックの精神科医で、天才的な洞察力で相手の心を読んでしまう天久翼にクローズアップされた巻、というところかな。
話を聞くだけでなく、相手の表情、ちょっとした動作……そういうものから、相手の心を読むことが出来る。精神科医、という意味ではこの上なく優秀。しかし、実際の人間関係では? ちょっとしたことでも自分の心の内を見透かされてしまう。相手は心が落ち着かない。そんな孤独を抱えている翼の前に現れたのは、記憶を喪った女性。そんな彼女にとって、翼は「気持ちの悪い相手」ではなく、自分を取り戻すのに必要な存在であり、頼りになる存在でもある。そういう部分が強く描かれた巻であると思う。その点での、掘り下げ、っていうのはよくできていたと思う。
ただ、前作も医療行為、に名を借りた探偵ものだったけど、今回はその点を除けばほとんど医療行為とか、そういうところはない。
「爆弾を作っていた」という記憶を喪った女性。その女性を探して動き回る謎の男たち。次々に発生する爆破事件。しかし、犯行声明などとは裏腹に、テロが目的とも思えない。だとすれば、犯人の目的は何なのか?
少しずつ記憶を取り戻していく女性の証言。遭遇する追跡者の口走った言葉。そういうものから次第に……という展開。テンポの良さなどもあり、エンタメ作品として楽しく読むことが出来た。
ただ……終盤の展開はちょっと不満。……というか、何となく、そんなことだろう、という気がしていた、というのが一つある。さらに、神酒クリニックの面々、物凄く優れた情報収集能力を持っている。だとすれば、もっと早い段階で、この真相は看破できたんじゃないか? という気がしてならない。その辺りが、ちょっと物語の都合を優先してしまったかな? という感じがして、そこがマイナス、かな?

No.5593

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著者:高樹凛



世界中の偉人、魔獣、アイテムが集まる魔法都市。そういった「アーティファクト」を回収する機関の人間である千隼は、現代に転生したマリー・アントワネットと遭遇する。稀代のワガママ姫と言われるマリーは、自分の汚名返上をしたい、という。そして、なぜか千隼は臣下と呼ばれることとなって……
ドタバタ劇、っていうのは間違っていないのだけど、タイトルなどから予想していたのとは違ったなぁ……
上に書いたように、物語は主人公である千隼とマリーの出会いから始まる。なんだかんだと言いつつ、マリーに協力をすることにした千隼だが、その千隼の部屋は直後に破壊されてしまい、友人であるひかりと共に廃墟と化した機関の旧寮で暮らすことに。電気すら来ないそこには、ゴーレム馬鹿のクルルもおり、4人での極貧生活が始まることに。
タイトルからすると、マリーがわがままを言ってかき回される話かな? と思ったのだけど、どんどん困窮していく4人。パンの耳を奪い合ったり、1本のモヤシを争って……。どんどん崩壊していく理性。
いや、タイトルにあるように、「パンがないなら……」で、本当にパン屋を強襲。けれども、パン屋のトング使いで返り討ちにあい、「1本しかないから」と再び行ったら「二刀流(トング2本)」だった! とか笑ったわ。そして、そんな困窮状況を打破するには、アーティファクトを回収するしかない! でも、極限まで困窮しているため、その方法も下衆になっていって……。最初は、比較的、まともなキャラだった主人公の千隼がどんどんぶっ壊れ、しかも、周囲の面々もヘンテコなのばかりだ、というのが判明して……で、まともなキャラが加速的にいなくなっていく、という流れに大笑い。そういう意味で非常に楽しかった。
ただ、序盤、世界設定とか、そういうところの説明が不足気味で、どういうことなのかな? と思ったところはある。そこは欠点かも知れないけど、読んでいるうちに、理解できるし、そこまで大きな問題ではないと思う。その上での、どんどんぶっ壊れていく主人公ら4人組の様を楽しむことが出来る作品だと思う。

No.5592

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著者:一色さゆり



世界最古にして、最大の大英博物館。その膨大なコレクションの管理をする修復士ケイン・スギモトの元には、様々な美術品が持ち込まれる。スギモトの助手となった晴香は、食えない性格のスギモトに振り回されながら、そんな謎に当たることになって……
デビューから、美術品とか、そういうものを題材にした作品を出し続けている著者。今作は、博物館が舞台と言うこともあり、純粋な「美術品」とはちょっと違うのだろうけど、路線としては近いと言えるのかもしれない。なんか、この辺り、昔読んでいた漫画『ギャラリーフェイク』に通ずるものを感じる連作短編集。
個人的に一番面白かったのは1編目の『パルテノン・マーブル』かな?
展示されていたパルテノン神殿のレリーフが、不届きな客によって落下し、壊れてしまった。しかし、よくよく見ると、そのレリーフは模造品。本物は、一体どこへ消えたのか? そして、いつ、本物とすり替えられたのか? こんな粗筋を見ると、犯人は? どういうトリックで? というミステリに思えるのだけど、その中で描かれる大英博物館という存在とか、そういうものが興味深い。
大英博物館だから当然、イギリスにある。一方、消えたレリーフはギリシャ・パルテノン神殿にあったもの。言うまでもなく、本来はギリシャにあったものを言い方は悪いが奪ってイギリスへと持ち帰った代物である、と言える。ある文化の粋を極めたものを奪ったのは良いことなのか? さらに、今回の事件では、その所有を正当化する「大事に守る」ということもできていないではないか、という話にもつながっていく。そして、その裏にあったもの……。博物館、それも地元の文化などを紹介するのではなく、世界的な……という存在の博物館の抱える根本的な意義などを考えさせられた。
ただ、2編目以降は、修復にまつわるアレコレという部分に特化していった印象。スギモトが自ら修復をする、というよりも専門家との交渉であったり、そういうのも含めて。滅茶苦茶な味音痴だったり、変な形で煽ってきたり、というスギモトのキャラクターなども前面に押し出され、ひっくり返しとかもあり、話の完成度はしっかりとしているのだけど、1編目ほどのインパクトはなかったように思う。
同時に、残念と感じたのは、この物語の中をつなぐ要素として、ロンドンで骨董商をしているスギモトの父が失踪し、その行方を追う、という要素があまり活きていないこと。あまり乗り気でないように見せて、手掛かりがある場所へスギモトが出張して……というのはあるのだけど、各編では別の題材が主になってメインにはならない。当然、最後のエピソードで……と思ったら、それもなんか、アッサリと見つかって、で終わってしまったし。
各編とも楽しめたのだけど、各編を結び付ける要素はそんなに必要だったのかな? という感じもした。

No.5591

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夜の向こうの蛹たち

著者:近藤史恵



小説家の織部妙は、美人と評判の新人作家・橋本さなぎの作品に衝撃を受ける。そんな中、出版パーティーでその橋本と接点を持つことに。完璧すぎる橋本の姿に却って幻滅を覚える中、会場に現れた橋本の秘書だという女性・初芝祐の存在に心惹かれ……
愛憎ミステリというか、何というか……
最初に書いておくと、主人公である妙は、レズビアン。そんな彼女が、パーティーで出会った橋本さなぎの秘書・祐に惹かれて……というところから物語が始まる。興味を覚えた、というのはそうなのだけど、それは恋愛的な意味で、ということになる。そして、その中での奇妙な関係になっていく……という感じの物語。
まず思ったのが、思わぬ方向へと物語が転がっていったな、ということ。祐との距離を縮めたくて始まったさなぎとの交流。しかし、関われば関わるほどに覚えていく違和感。新人作家の収入がどのくらいなのか、ということを知っていれば秘書を? という疑問があるし、さなぎとのやり取りで感じるのは、作品の中身とのギャップ。さらに、ふと耳にしてしまったさなぎと祐との会話。一つ一つは些細かも知れないが膨れ上がっていく疑念。橋本さなぎ、という作家はもしかして……? そんな疑惑から物語が転がり始め、しかし、中盤であっさりとそこが判明して……
一つのテーマは、生きづらさ、ということなのかな? と思わずにはいられない。
妙は、冒頭に書いたように、女性しか愛せない、という人物。彼女もまた美人、と言われているが、そういった容姿などが注目されることは、却って彼女自身にとっては生きづらさの要因となってしまう。一方で、美人であるさなぎと、容姿に恵まれない祐。それぞれが持っている劣等感。すべてを手にすることは無理だ、という割り切り、っていうのはあるかもしれない。けれども、頭でわかっていても……
それでも、妙は何とかその中である程度の割り切りが出来る。しかし、さなぎと祐は……。それぞれとの関係の中で、片方に近づけば、その思いに共感し、もう一方に近づけば……。その危ういバランスの上で揺れ動いていく妙の心情と読んでいる自分の心情が一致していくような感覚を覚えた。そして、その結果……
終わり方は著者らしくあっさりとした形。ただ、自分のことがよくわからない、という妙の独白とは逆に、読者とすればきっと彼女は……。そんな余韻が残った。

No.5590

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異世界はジョーカーに微笑んだ。

著者:赤月カケヤ



罪を犯しても裁かれることのない権力者を趣味で殺害し、「正義の殺し屋」と持てはやされるジョーカー。SATにより包囲された彼は、突如、異世界へと転生することに。人質にしていたSAT隊員の結奈と共に。あらゆるものを偽装する「偽装錬金」の力を持った彼は、その世界の、救世の殺戮者になっていく……
うん、面白かった。決して、主人公のジョーカーらは善人というわけではないのだけど。
物語の舞台は、神威という超能力というか、魔法というか、そういう能力が存在する世界。その力により、人々は厳格な身分制がとられており、その中で、上位の者は下位の者をどう扱おうと問題なし、ということがまかり通っている。そして、そんな中で、平民階級を無残に殺害した将軍・ギルバルドと、その部下の三騎士を殺害する、というミッションへと挑んでいく。
このジョーカーの存在が何ともクセモノ。そもそもが善人というわけではなく、殺人も「趣味」と言い放つ。そして、何よりも口八丁と、偽装錬金によって周囲を煙に巻きながらことを進めていく様が面白い。本当、結構、正論だな、と思わせることを言いつつ、実は全くそうとは言えなかったりとか、そういうやりとりは印象に残る。
で、まぁ……この世界観なのだけど、確かに、理不尽であるし、酷いものだと思う。思うのだけど、でも、それがこの世界の常識、でもあるんだよね。これ、現実の歴史上でも厳格な身分制度があって、上の者はやり放題で……っていう時代は存在していた。勿論、その中で下とされた者は不満が溜まっている、なんていうのも事実。そのときにどうするのか? ある意味、革命前夜的な雰囲気っていうのをこの物語の中に感じる。日本史、世界史みたいなものと違っていて、この世界では上の者は、特殊な能力を持っていて、っていうのがあるからより極端に出ていることは間違いないとしても、ジョーカーがそれを打ち破って、とかいうのもあるだろうし。
歴史上、革命を起こして国を統一したとか、そういう人物の中には結構なクズみたいなのも多い。中国の漢王朝を作った劉邦とか、まさにクズだし(笑) そういう意味で、歴史の英雄に通じるものがあるんじゃないかな? なんていうのを読んでいて思ったりもした。そこが主眼では全くない話だけど。
殺人とか、凌辱とか、結構、そのまんま描いているので、そういう部分で合わない人がいる、とは思う。ただ、そこまで書くからこそのカタルシスがあるのは間違いないと思う。

No.5589

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著者:最東対地



顔と身体に広がる黒いシミ。何者かの呪いを受け、アイドルという仕事を奪われたるる。恐怖におびえる彼女は、大阪で霊能者の元へと駆け込む。そこで待ち受けていたのは、パチンコに明け暮れ、AVソムリエの名をもつアビーと、口の悪すぎるゲイル。二人の元へ厄介になるものの、呪いを解こうとしない。それどころか、「厄霊」なる強大な怨霊の取り憑く土地へ連れていかれ、手伝いをさせられることになり……
大阪弁でひたすらにまくしたてられるようなやりとりがまず印象的。帯には「ボケとツッコミと恐怖」という言葉があるのだけど、物語中、とにかく、霊能者2人とるる、3人のやりとりが多くそこは完全に漫才状態。っていうか、アビーとの出会いとか、いきなりAVの話とかはじめるし。その後も、やりとりが数多くある。
ただ、その一方での呪い、厄霊を巡っての解決法のブラックさというのが強烈。
最初にるるが連れていかれた住宅地。奇妙なことが起こる、ということで訪れた場所で見たのは、そこで恨みを残して死んでいったキリシタンたち。その呪いが、その住宅に住む人々に……。そこで、アビーたちは、問題を解決した……はずだった。しかし、その結末は……。ここで「え?」と思わせて次の事件。一人暮らしをする高校生。親が購入したマンションで暮らしているのだが、なぜか、そこでは焦げ臭い匂いが……。その謎を解き、問題を解決するという二人だったが……
厄霊は、もはや、人の手に負える存在ではない。だとすれば……
るるを含めた三人のやり取りが、ボケとツッコミ、みたいに言われるような軽いものなのだけど、厄霊を巡っての部分はかなりブラック。本当に「どうしようもない」ものだからこそ、そうせざるを得ないのだろうけど、いきなり言われれば確かにるる同様に衝撃だった。るるが、それに対抗しようとするが……っていうのが入ることで、そのやるせなさ、っていうのが余計に際立っている。
ただ、るるがどういう存在なのか? とか、そのるるに広がっていくシミであるとか、そういう部分については終盤、よくわからないままに解決してしまったな、という感じはある。もうちょっとそこは丁寧に書いてくれても良かったかな、という風に感じたのも確か。そこまでの、厄霊、という存在の「どうしようもなさ」が印象に残るだけに。

No.5588

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暴虎の牙

著者:柚月裕子



昭和57年、広島。ヤクザをも恐れぬ愚連隊「呉寅会」を率いる沖虎彦。圧倒的な暴力と、カリスマ性により勢力拡大を果たした沖は、呉原最大の暴力団・五十子会との抗争を開始しようとしていた。そんな彼の前に、広島北署の〇暴刑事・大上が現れる……
シリーズ第3作。
何か、シリーズ完結編と位置付けられているのだけど、あまりシリーズ完結編という感じはしなかったかな? これまでのシリーズは、暴力団と癒着しているとか、色々と黒い噂はありつつも、庶民、堅気には決して手を出させないという大上の活躍を描いた『孤狼の血』。そんな大上の意思を継ぎ、一人、抗争を断とうとする『凶犬の眼』というのが、過去の2作。
勿論、その中で暴力団員であるとかの視点もあったのだけど、あくまでも物語の主役は大上、日岡という風に感じられた。しかし、本作の場合、主人公はあくまでも愚連隊のリーダーである沖であり、大上、日岡は彼の人生を語る上での脇役のように思えた。
で、その(私が主人公だと思う)沖という人物。粗筋で書いたように、圧倒的な暴力とカリスマ性を備えた愚連隊のリーダー。父は、暴力団員であるが、妻子に手を挙げ、その金なども根こそぎ使ってしまうようなクズそのもの。だからこそ、沖は、決して堅気には手を出さず、暴力団などだけを狙ってその力を拡大していった。そして、広島を手にするため、最大勢力である五十子会との抗争を目論んでいた。そんなときに現れたのが大上。
大上とすれば、勿論、沖もまた犯罪者ではあるのだが、一方で彼の心意気というのも買っている。だが、若さで突っ走ろうという沖に対する危うさも感じており、もし、暴力団と本気でぶつかれば……というのも伝え、様々なところで沖の前に現れることに。大上が目の上のたん瘤状態になっていく沖。そして、大上の行動に、身近にスパイがいるのでは? という疑心暗鬼に陥っていくことに。そして、抗争の決着を、というその矢先に……
ここから一気に話は飛び、18年後。刑期を終えて服役を果たした沖。かつての野心は忘れておらず、再び、広島を! と考えるのだが、その前に現れるのはやはり〇暴刑事の日岡……
大上、日岡視点の物語があり、その中で、彼らが沖のことを……というのを読者は知っている。しかし、当の沖は、その気持ちを知らない。いや、それどころか、彼らが現れれば現れるほど、周りが見えなくなってしまう。しかも、作中でも言われる18年間の空白。暴力団を取り巻く情勢の変化。かつての沖は、文字通りにカリスマ性を誇るリーダーであった彼が、後半では時代に取り残された哀れな暴力の塊になってしまっていた、という部分が非常に印象に残る。そんな彼の人生を描いた作品のように思えてならなかった。
そして、そんな結果に導いてしまったのが、大上、日岡。沖の男気、仁義。そういうものを評価していたからこその行動。しかし、その真意は伝わらず、ただ、沖を迷走させてしまった。それは、大上らの失敗の記録、とも取れるかもしれない。
勿論、暴力団ではないとはいえ、沖もまた立派な犯罪者。警察官として、そのままにしておくわけにはいかないわけでもある。そこを考えると、沖という人間の限界、と見ることもまた正しいのかもしれない。

No.5587

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