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著者:一色さゆり



大英博物館を辞め、自らの工房を持つことになったスギモトと、その助手となった晴香。そんなスギモトの工房に持ち込まれたのは、行方不明になっていたゴッホの11枚目の『ひまわり』。早速、その真贋の鑑定、そして、修復に取り掛かることにするのだが、その矢先、その『ひまわり』が消えてしまう。そのころ、オランダのハーグで、フェルメールの知られざる「真作」を示す文章が見つかって……
シリーズ第2作。
前作は短編集という形だったけれども、第2弾である本作は長編作品となっている。
冒頭で書いた、スギモトが修復することとなったゴッホの『ひまわり』。さらに続いて、フェルメールの作品。そもそも、完璧な警備体制が敷かれていたはずの場所から、どうやって『ひまわり』が盗まれたのか? 当然、スギモトに対しても嫌疑が掛かり、苦境に立たされる。そんな中、フェルメールの真作も盗まれてしまい、その犯人グループからの要求が……
それは、その盗まれた作品と、ヒースロー空港で押収された数々の美術品との交換。その背景にあるのは……
前作のエピソードにもあった、大英帝国。イギリスが世界各地を植民地にし、その各地の美術品を収集した。その結果、ある意味で、世界の美術品が集う都市となったロンドン。故に、その玄関口であるヒースロー空港は、世界で最も違法な美術品の輸入・輸出の現場となっている。そして、押収された美術品が溜まる場、とも。しかも、その美術品を返還する、という建前はありつつ、実際にはそれが出来ていない状況。そんなところでの事件。
その一方での、その美術品を奪われる側の立場。美術品などというのは、その文化の象徴ともいえるもの。それを奪われる、ということは、そこに関するアイデンティティを奪われる、ということでもある。そして、その背景にある民族意識、宗教……
正直なところ、犯人は誰なのか? という部分については、なんか、唐突感がある。そのため、謎解き、というところではかなり肩透かしな印象は残る。
ただ、組織に属していたのではできない美術品の護り方。そんなスギモトの想い、というのは伝わってくる終わり方ではあったかな?

No.5778

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むすぶと本。 『嵐が丘』を継ぐ者

著者:野村美月



本はいつでも読み手を見守ってくれる。本の声を聴くことが出来る少年・榎木むすぶが、様々な本の声に耳を傾けて……という短編集。
シリーズとしては第3作目。
表題作の『嵐が丘』は、過去の『文学少女』シリーズでも取り扱ったことがあるのだけど、やっぱりシリーズが別、ということもあって、前作とは異なったアプローチの物語。結構、本にまつわる、色々な側面からの切り取り方が印象的。
例えば1編目「『小僧の神様』は神さまに会いたかった」。古書店で、か細い声で泣いている本を見つけたむすぶ。話を聞くと、新刊本として本屋に並んだのだが、万引きをされ、古書店に売られてしまったのだという。その事件の現場となった書店では……
万引き……というか、窃盗。そもそもが、書店の本と言うのは取次などからいわば「貸し出されている」状態で……みたいなシステムというのは、よく聞くけれども、では、その本の気持ちは? 本を読むことではなく、その本を盗んで金儲けに、という人間の存在。そして、そんな状況に絶望する少年と、彼を心配する少年たち。ちゃんと買って、自分の物語を楽しんでほしい。もし、本に心があったのならば、そういう気持ちもあるんじゃないか、と感じる。
3編目の表題作。本に「罹患した」のではないか、という悠斗の妹・蛍。その様子を調べるために、むすぶは、蛍のことを知るために、本たちの言葉に耳を傾けるけれども……。人と違っている。そんな自分はおかしいのではないか? そんな悩み。その中で共感したのは、『嵐が丘』のヒースグリフ。そんな悩みに対し、むすぶが語るのは……。何が変なのか? しかし、そもそも違っていて当たり前。何が大切なのか? 優しいまとめ方が印象的。
個人的に、結構、印象的なのは4編目『すべてはモテるためである』。感想では飛ばしてしまった2編目で、妻科さんに言い寄っていたサッカー部のエース・赤星。そんな彼が落とした本は……。まず、このレーベルで、この本が取り扱われる、と言うのが意外。今でこそ、格好良い、と言われる赤星。しかし、中学生時代は……。そこまで、妻科さんを巡ってむすぶと争うような形だった赤星が一気に気弱になっていく様が楽しい。そして、言葉遣いは美少女なのに、言葉はおっさん、という本自体も。
今回は、結構、むすぶが、少年、男と絡む話が多く、そこにも嫉妬する夜長姫。いや、いくらなんでも妄想が捗りすぎでしょ、って場面も。
そんな二人(?)の出会いが5編目で描かれてもいるわけだけど……、この辺りの関係性。表題作の「私はおかしいのでは?」と言うのに、見事なカウンターになっているのはたしか。

No.5777

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悪の芽

著者:貫井徳郎



多くの人々が集まったアニメイベントで起こった無差別殺傷事件。事件後、犯人の男は、自らに火をつけ自殺した。事件について、様々な憶測が交差する中、大手銀行員の安達は、犯人の斎木が、自分の小学校時代の同級生だったこと。そして、自分の一言がきっかけとなって起きたイジメにより、その人生が大きく狂ってしまっていたことを知る……
1年半くらいぶりの著者の新作。
物語は、粗筋で書いた安達が、その罪悪感から、その心身に異常をきたし、事件を起こして死んだ斎木がなぜ事件を起こしたのか? 自分が原因なのか? ということを探る物語を中心軸として展開しつつ、その周辺の人々の視点パートを交える、という形で描かれていく。
ある意味では、「普通の人」が当事者になったら、という物語なのかな?
事件を受け、加熱する報道。その中で浮かび上がったのは、犯人は子供時代のイジメをきっかけとして不登校になり、社会的な弱者となってしまった斎木。メディアの報道では、そのイジメによって、社会に対する恨みを募らせて……という論調で語られる。無論、その可能性はある。しかし、過去の斎木との思い出から、それに対する違和感も。そこで、安達は、斎木について調べ始めることに。
安達が、斎木を調べるきっかけとしては、自分が悪いのか? という思い。罪悪感もある。しかし、同時に自己保身もある。だが、少なくとも、事件がきっかけとなり、パニック障害の症状が出始め、少しずつ客観的に物事を見ることが出来るように。妻は、きっかけはどうあれ、最終的には安達のせいではないはず、と言ってくれる。同意は出来る。しかし、完全に納得ができるか、と言われるとまたそうでもない。そして、調べる中で、フリースクールに通い、大学進学は出来たが、通うことが出来ずに……。バイトをはじめ、そこで馴染んでいた、ということ。さらに、そんな斎木は、ある女性と親しくしていた、と言うこともわかってくる。その中で……
物語の大筋としては、そんな感じなのだが、その中でやるせない印象になるのは、その周辺での、他の視点での物語。例えば、安達の言葉に乗っかり、斎木を激しくイジメていた真壁。現在は、父から整備工場を引き継ぎ、子供にも恵まれた。そんな子供が、自分のクラスメイトがイジメられている、と相談してきた。真壁は、自分がかつて、イジメを行う側だったこと。そのことについて反省を子に説く。その意味で、反省はしている、と言える。でも、じゃあ、斎木に対して何かをしたのか、と言えば……。この真壁にしても、決して、根っからの悪人ではないのだろう。でも、それは、斎木にとって何の救いにもなっていない。
他の方の感想を見ていて、「想像力」というワードを目にしたのだけど、確かに、それも一つのテーマなのだと思う。イジメをする側はされる側を想像しないし、事件について、ネットなどで叫ぶ者もまた。真壁は、反省はしても……という部分であるし、逆に安達は、自らが病になり、そこちらへと意識を向けた。また、娘が被害者となった厚子、事件現場に居合わせ、その動画で人気となった壮哉は……。それぞれ、決して悪人とは言えない。しかし、他者の気持ちを想像していなかった……。そして、斎木は……
斎木が、事件を起こした動機。ある意味で、作中で示されるのは安達の想像のみ。確かに辻褄はあう。しかし……それでも……
斎木もまた、ある意味では想像力が足りなかった、と言えるし、また、安達の想像でもスッキリとはしない。安達自身は、一つ、自らに課すものがあったのだが、このモヤモヤ感はずっと残るのも確か。

No.5776

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著者:藤崎翔



短編6編と、掌編6編を収録した短編集。
何と言うか……一応、各編、ひっくり返しとか、そういうものは用意されている。されているのだけど、ミステリー小説というよりもギャグ小説みたいなエピソードが多かったように思う。
1編目『日本今ばなし 金の斧 銀の斧』。現代日本の池で過ごす池の精。池に斧を落としたものが現れると、「あなたが落としたのは、金の斧ですか? それとも銀の斧ですか?」というやるのが仕事。しかし、そもそも斧で木を切る、という存在が減ってしまった。そんなある日、一人の老人が斧を落とすのだが……。
作中で主人公である神が言うように、現代日本では林業はすたれてしまっている。そして、落とした人も認知症では? という老人。だからこそ、「金の斧を落とした」というものを強欲だから、とは言えずに苦悩する。さらに、そんなこんなをやっていると若者が現れて、おかしな人扱いをされ始めて……。最後に実は、というひっくり返しはあるんだけど、それを含めてシニカルなギャグ作品と言う印象が残った。
『伝説のピッチャー』は、もう、これは完全にギャグ小説という印象。闇カジノで借金を重ねてしまったプロ野球投手・滝田。借金を返すために提案されたのは、八百長で負けろ! という指令。自らの命を守るため、それを承諾する滝田だったが……。野球って、ある意味、そんなものだよね。打たれよう、とど真ん中に投げたらなぜか勝手に相手が打ち損じる。相手にぶつけようと思ったけど、なぜか絶妙なところに球が行ってしまう。プロ野球選手としては、結果を出しているのだけど、借金と言う意味ではどんどん追い詰められてしまう滝田。その挙句に……
画期的な技術とかを送り出した人間って、後に色々とエピソードとして語られる。でも、それは……と言う部分では考えさせられるのだけど、基本的にはギャグそのものなんだよな……。
大学のゼミで、政治をよくするためには……と語り合っていた学生たち。それから数年、「悪魔」を名乗り、顔にはメイクを施した「悪魔党」が出馬する。見た目のインパクトだけの泡沫候補と言われていたのだが、いざ、政策などは真面目そのもの。他の政党が選挙対策として決して口にしない増税も言いつつ、「高負担、高福祉」を掲げ、台風の目となっていく。そして、その末……。
オチが酷いな、おい! いや、確かに、最初から目的とかを言っていた! というのは事実なんだけど、そりゃ、みんな、そうは思わないよね。それまでの、キャンペーンのためにヘンテコなことをやっているけど、根は真面目な人たち、みたいなところからの急展開だし。ただ、楽しいのは確か。
で、ここまで書き上げて、ネット書店の作品紹介を見たら「読むコント」とあった。
……あ、なるほど……

No.5775

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著者:大森藤ノ



「ベルさんへ。今度の女神祭、デートしてください」 豊穣の女主人の従業員シルから、ベルの元へ届けられた一通の手紙。なし崩し的に、デートをすることになったベルとシル。だが、大きな嵐を巻き起こす。ヘスティアファミリア、豊穣の女主人は勿論のこと、フレイアファミリア、さらに、剣姫アイズまでもが巻き込まれて行って……
お、おう……
これまでの、かなりシリアスなダンジョン探索、そこでの死闘という感じの物語から大きく印象が異なる物語。まぁ、最終的には、いろいろとシリアスな展開へとつながっていきそうではあるのだけど、この巻だけを取り出すといつになくライトな印象。
そもそもが、フレイアファミリアの人間によって届けられた手紙。その時点で怪しいところはあったのだけど、そこで綴られていたのは、文字通りのラブレター。それだけでも一大事なのに、さらに、シルとのデートに備えるため、フレイアファミリアの頭脳ともいわれるヘディンに徹底的に作法などを叩き込まれることに。そして、その女神祭当日……
そんなヘディンの教育もあり、ベルとシルは仲睦まじい形でのデートに。だが、当然のようにヘ周囲はそんな二人の姿を追うことに。さらに、フレイアファミリアの面々も、そんな二人の姿を見守ることに。文字通りの厳戒態勢を持って……。さらに、豊穣の女主人の面々も野次馬根性で追って……なぜか、ヘスティアファミリアの面々が豊穣の女主人でコキ使われるというヘンテコなことに。しかし、そんな中で、シルにはある覚悟があり、そして、ベルの前から姿を消してしまう……
あとがきで著者が一言、「ラスボスがアップを開始しました」というのがあるんだけど、ここまで、どちらかというとベルに試練を与えていたフレイアが行動を開始する、という序章といえる話。
これまで、物語の中で、ちょっとだけ登場し、ある意味でベルに癒しを与える存在であった「普通の少女」だったシル。けれども、そんなシルが、いや、豊穣の女主人という酒場そのものが何らかの意味を持った存在であること。さらに、シルについても不可解な部分が。豊穣の女主人で働く人々。例えば、リューとかは、レベル4で、何度もベルを手助けしてきたわけだし、その他の面々についても強い、というのは知っていた。その中で、シルは、普通の少女、と思っていたのだけど、まさか、ここにきて、一気にカラーが変わってくるとは……。これまで(勝手に)思っていた設定が一気にひっくり返るような印象。さらに、そのフレイアファミリアという存在もまた、一枚岩とは言い難く、また、そこで忠誠を誓う者たちの在り方、というのも……。オッタルをはじめとしたフレイアファミリアの強者たちの姿は、ファミリアクロニクルのエピソードで多少、描かれていたのだけど、そこを鑑みると、かなり独特なものなのだな、というのを感じざる得ない。
今回は、かなり軽めのエピソード……と見せかけておいて、終盤はかなりシリアスな方向へと物語が転がり始める。新たなエピソードの、そして、物語の根幹などにも通じていきそうなエピソードの序章、という印象の強い巻だった。

No.5774

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物件探偵

著者:乾くるみ



不動産を購入した人々に起こる奇妙な出来事。その状況に首をひねっていると、彼らの前に、現れる不動尊子という女性は、その謎をアッサリと改名して見せて……
という連作短編集。全6編を収録。
著者の作品を読むのは8年ぶり。著者に関しては、良くも悪くも「クセモノ」という印象を持っているのだけど、本作の場合、そういう意味では正統派、なのかな? ヘンテコな設定とか、そういうものがあるわけではないわけだし。
物語のパターンとしては、各編同じ。各編の主人公が、不動産を購入したりすると、そこで奇妙な出来事が。それは多くが、不利益を被るような、そういうもの。一体何が? そんなところへ不動尊子が現れて、その謎を解いて見せる、という形。奇妙な出来事はあるのだけど、ホラーとか、ファンタジー方面にはいかず、という辺りも共通している。
ただ、正直なところ、ちょっと読みづらい、というか、理解しづらい部分はある。というのは、ある程度は噛み砕いて説明はしているものの、それでも、専門用語とかが多く、前提となる基礎知識などがないと、すんなりとは頭に入ってきづらい。また、その謎解き自体も、その専門知識などを利用しての犯罪だったりするので、そうなのか、とは思っても、何かモヤモヤするところが残る。
と、なんかネガティヴな話になってしまったのだけど、作中の話でお気に入りなのは、4編目の「北千住3Kアパートの謎」。
北千住でアパートを経営するタツ子。再開発や大学の移転もあり、ニーズが増えていることもあるし、空き部屋の家賃を上げてみては? という提案を受ける。どうすべきか迷うタツ子だが、なぜか次々と住人が出ていってしまい……。アパートから住人が出ていく。ただし、その住人は、例えば結婚であったり、はたまた、引っ越しする、ということであったりと円満なもの。たまたま、そういう状況が続いているだけ、とも取れるのだが、ある店子がタツ子に情報を提供する。
家賃の設定と、その中で発生する不動産会社の手数料収入。その辺りの駆け引き。その上で、不動産会社の善意。そういうものが入り乱れて起きた事件というのは、大家とかであると考えてしまう部分があるんだろう。ただ、色々なものが解明されたときに、ちょっと前向きになる結末だったので読後感が良く、ほっとすることが出来た。

No.5773

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告解

著者:薬丸岳



飲酒運転をしている中、何かにぶつけてしまったことを自覚した大学生・籬翔太。しかし、その事実に直面することを恐れ、彼は、その場を逃げ出してしまう。そして、翌日、一人の老婆を殺してしまったことを知る。自らの罪の重さ、家族、自らの将来……すべてから目をそらした翔太は、懲役4年余りの実刑を下される。それから4年、翔太の起こした事故で妻を失った法輪二三久は、ある思いを抱いて翔太の行方を追う……
罪と贖い。著者は、デビューからこういうテーマの作品を書き続けているわけだけど、本作も、そんな著者らしさが出た作品じゃないかと思う。
物語の概要は、冒頭の通り。
こう言うと何だけど、翔太は、良くも悪くも「普通の青年」という印象。恋人と喧嘩をし、その中で「今すぐに来てくれないと別れる」というメールが。飲酒運転になるのはわかっていたけど、大丈夫だろう、という見込みで開始した運転。そして、事故を起こしたものの、勘違いだろう、という思いで目をつむる。そして、自分が事故を起こし、人を死なせてしまった、ということを知ってもまだ、それに直面できない……
被害者の遺族は、そんな彼の態度に憤る。それは当然。第三者から見ても、そう感じる。けれども、自分自身が、こういうことを起こしたら……。勿論、飲酒運転は違法行為なのだけど、でも、例えば人を殺す、とかではない、ある意味、身近な犯罪だからこそ、自分の事として考えるきっかけとなる。
そして、それから4年後。両親は離婚し、自らも母方の旧姓に直さないか、ということを尋ねられる。しかし、翔太はそれを拒否し、自らの罪に向き合うことを決意する。……と書くと、更生している、という風にも思える。恋人に合わせる顔もない、と思いつつ、ちょっとでも顔が見れれば……と言う下心で、その近くで生活をすることに。また、就職活動が上手くいかない中、自分の選択は間違っているのではないか、という思いもよぎる。その部分を切り取ると、やはり、これは更生したのか? と言う感じもする。しかし、これもまた、その立場になったなら……。逆に、そんな翔太を悪の道へといざなう存在と出会いつつも……という辺りは、やっぱり、翔太は「普通の青年」なのだろう。だからこそ、共感もできるし、自分なら、と想像することが出来るのだと思う。
そして、そんな翔太のことを探る被害者の夫・二三久。探偵を雇い、翔太が住んでいる場所、職場などを突き留める。徐々に失われていく認知機能の中で、翔太の近くにいて彼が思っていることは……。正直なところ、認知症状態になっていって……と言うのは非現実的かな? と言う部分はある。けれども、80代後半、教師として品行方正な人物として暮らしていた彼の抱えていた後悔……。作中で感じたように、そして、二三久が見たように、翔太が「普通の青年」だったからこそ、その想いが届く、と言う風に信じたい。

No.5772

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その商人の弟子、剣につき

著者:蒼樹純



「吾輩は魔王の剣、ティフィンだ」 若き商人・エドモンドは、人外の剣に出会い、それを助けてしまう。魔王の復活を阻止するため、封印をしてほしい、というティフィンの頼みを聞き入れ、女性の姿となった剣と共に北へ向かうことに。途中で出会う凄腕の傭兵ハクア、そして、勇者とその剣の邂逅の末に……
第12回GA文庫大賞・銀賞受賞作。
商人(行商人)と、人外の存在が、商売をしながら目的地を目指す物語。……というと、某作品を思い浮かべるのだけど、ちょっとカラーは異なるかな。
商人であるエドモンドが、その知識とか、そういうものを駆使して、と言う部分は確かにあるのだけど、商人として金儲けを狙って……というのとはちょっと違うかな? と。ハッキリ言えば、自らの金儲け、というのはとりあえず二の次、という印象なので。
魔王の剣であるティフィン。自らが目覚めた、ということは間もなく魔王が復活する、ということ。そして、同時に勇者とその剣も現れることとなる。その災厄を防ぐためには、彼女自身を封印すること。そのためには、封印の地へ行き、眠りにつくこと。そんな目的にために北へ向かう二人。そんな中、凄腕の傭兵・ハクアを雇い、さらに勇者ガーザス、その剣デカルダと出会う。そして、その前に現れる国同士の戦争の前兆……
正直なところ、途中までは商人と言いつつ、それほど、駆け引きとか、そういうものがない。傭兵ハクアを雇う、という部分も、交渉じゃなくて……だし。
しかし、勇者と魔王の関係性。そして、国際関係というものがクローズアップされて、その中で勇者ガーザスが目指していることの正体。そんな中で、魔王の復活を阻止すること。戦争を阻止すること。勿論、ティフィンを守ること。そんな信念を持ってのエドモンドの逆転の秘策へ、と言う部分で一気に盛り上がった。
エドモンドの視点で言えば、確かに勇者のしようとしたことはとんでもないこと。けれども、ガーザスの立場として、大国に蹂躙されている弱小国、という立場からしたら、一気に形勢逆転をして……というチャンスとも言える。一国を預かる者、と言う意味では100%否定することは出来ないんだよな。その辺りの国際情勢の話と、武力ではない形でそれを挫こうとする策略は? というのは素直に面白かった。
最初に書いたように、エドモンドがちょっと商人っぽくない(商人っぽいって何だ、と聞かれると苦しいけど)、ところは気になったのだけど、読み終わっての満足感はなかなか。

No.5771

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奇譚蒐集家 小泉八雲 白衣の女

著者:久賀理世



寄宿学校の休暇。パトリックの故郷であるアイルランドを訪れたオーランドは、そこで、「死を呼ぶ妖精」バンシーが現れるという館を訪れる。そこに住む人々に隠された秘密。そして、バンシーの正体とは?
シリーズ第3作。
……なのだけど、これまでの講談社タイガから、講談社文庫へとレーベルが異動した本作。何があったのだろう?
ともかく、アイルランドで、バンシーが現れる、という館を訪れた二人。その館に住む人々は、昔なじみの関りがあった者たちが結婚をし、一族を築いていた。しかし、クリミア戦争で男たちは死亡し、何とか生き延びた主人はまるで人が変わってしまったかのように……。そんな中で、館にはバンシーが現れる。
館の主人一家。それだけでなく、使用人たちも何かを隠している、という雰囲気に覆われた物語。
妖精などいない! という者もいれば、反対に……という者もいる。そして、実際に何か人為的な行動の痕跡も。その中で、バンシーは、死を呼ぶ、と言われると同時に、その相応しい者に対してのみ、とも言われる。そんなバンシーが選ぶのは誰なのか? その状況で、それぞれの言動が意味するものは何か?
これまでの、講談社タイガの作品では、完全なファンタジーの世界に入り込む話なども多かったのだけど、この巻では、そういう可能性もある、ということを示唆しつつどちらに転ぶのか? という形で物語が展開。それぞれの思惑。アイルランドの大飢饉、さらに、クリミア戦争と言うイギリスの歴史にとっても重大な、甚大な禍根を残すこととなった戦争。その戦争の傷痕、というのを背景にして、そこへバンシーというファンタジーな要素が絡みあっていく。そして、騒動の結末もまた、そういう時代だからこそ、と言うのを感じる。時代背景をしっかりと活かした物語と言えると思う。
そういう意味で、確かにカラーが変わっている、と言うのは言える。だからこその、レーベル異動なのかな? というのも感じられた。
でも、シリーズの途中でレーベルが変わると追いかける方としては大変なんだよな……

No.5770

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ドラキュラやきん!2

著者:和ヶ原聡司



吸血鬼が最も苦手とする季節、12月。町中に十字架が溢れる季節。しかも、今年は隣室にシスター・アイリスが越してきてしまった。そんな中、コンビニバイトで生計を立てる吸血鬼の虎木は、繁忙期の業務に忙殺される日々。そんな中、虎木の勤めるコンビニに梁詩澪という留学生が新人バイトとして入ることに。だが、その最初の勤務日にコンビニに強盗が押し入って……
第1巻は、コンビニでバイトをしてのアレコレ、っていうのは最小限にとどめられていたのだけど、2巻になっていっきに「生活臭」が出てきなた。
池袋と言う繁華街のコンビニでバイトをする虎木。隣人にアイリスというシスターが現れたことで、ますます、厄介ごとが周囲に。そんなとき、新人バイトの梁詩澪が。女性でありながら、夜勤を希望する彼女の教育係を仰せ使うことになる虎木だが、なぜか、梁詩澪が応募した理由は、「虎木がいるから」というもの。アイリス、さらに未晴は彼女を警戒し、頻繁にコンビニに現れることに。そして……
結構、この辺り、ストレートなラブコメ作品という印象なんだよな。未晴はそもそも、ストレートに虎木に対するアプローチを続けている存在だし、男性恐怖症のはずのアイリスも、何だかんだで虎木を意識している。だからこそ……。で、一緒にコンビニに現れたりする辺り、完全にラブコメだよな。
そんなアレコレの中で、最大の焦点となるのは、そのアレコレの発端となった新人バイト・梁詩澪の存在。
そもそもが、「虎木がいるから」という彼女。コンビニ強盗事件について見え隠れする疑惑。そして、彼女自身の怪しげな行動。その本意は?
物語の焦点がそちらへと移っていって……
中国の裏社会の、絆、掟。そんな社会のしがらみと、その中で梁詩澪が考えたことは……
最終的には、虎木の仇敵とも言える愛花が登場して……というのはお約束なんだけど、そう考えると結構、話の結末が近い感じはするんだよな。
ともかく、今巻は、ラブコメ方面が強化されたな、と言う印象が強く残った。

No.5769

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