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相続人

著者:保科昌彦



東京学院大学のアメフト部員・佐々木が不可解な事故死を遂げた。佐々木は、わずか数時間前まで試合に出場し、活躍をしていた矢先。普段から、慎重な運転をしていた彼がなぜ、そのような事故を? 疑念が渦巻く中、OBでスポーツ紙記者の牧野は、同業他社の記者を名乗る美女・北川が佐々木と一緒にいたことを思い出す。だが、その会社に北川という女性記者はいないという。不可解な状況に混乱する中、さらに同じアメフト部員たちが不可解な死を遂げていって……
第10回日本ホラー小説大賞・長編賞受賞作。
ジャンルとしては「ホラー小説」に入るのだけど、怪奇現象をなどを前提にしつつ、ミステリ的な展開で手堅くまとめてきた作品という印象。
冒頭に書いたように、物語は東学大のアメフト部員・佐々木が奇妙な事故死を遂げた、というところから始まる。死の直前、佐々木は正体不明の美女と一緒におり、その女が関わっているのではないか、という疑念が……。そして、次々とアメフト部員たちが死んでいく。なぜ、部員たちは死なねばならないのか? 取材を続ける中、牧野は29年前に、アメフト部の部員たちがある事故を起こしていた、ということを突き止める。
牧野は、目の前でアメフト部員たちが死んでいく、という状況しか見えていないのだけど、読者は、そのOBたちが何かを起こし、その報いとして今の事態が起きていることを理解している。そのことを隠そうとするが、しかし、子供の死、という状況の中で一枚岩とは言えず……。だんだんと見えてくる女の正体。だが、それは現実ではありえないようなこと。上司らには理解されず、しかし、29年前の事故で死んだ女の怨念だ、という確信をもってそのOBたちにも当たっていくのだが……
そもそも、女は、なぜ、自分を殺した本人ではなく、その子供を狙っているのか? なぜ、このタイミングなのか? そして、なぜその女は牧野の前に現れるのか? そんな謎が浮かび上がってきて……
過去の事件の中心人物の、極悪非道な行動とか、女と奇妙な事件を巡っての対立が生まれたりとか、常に飽きない工夫は素直に上手い。その辺りでどんどん読み進めることができた。ただ、その真相は……結構、そのまんま、なんだよな。しかも、牧野の前に女が現れる理由に関しては、終盤に後付け的に「実はこうでした」というのが判明するため、ちょっと弱い印象がある。
物語の進め方とか、そういうのが上手いので引き込まれたのだけど、まとめ方はちょっと納得いかない部分も残った。

No.6641

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Tag:小説感想角川ホラー文庫保科昌彦

著者:来生直紀



霧宮澄御架――この高校の1年4組の生徒だけに起こる不可解な現象「青春虚構具現症」によって崩壊しかけた日常を守った英雄。そして、そんな彼女は、2年になる直前、突如、皆の前から消えてしまった。そんな霧宮澄御架の相棒として、事態の収拾に奔走した神波社は、転校生の九十九里閑莉に問われる。「彼女の後継者がいるはず」と。そんな後継者探しに協力することになる社だが、1年4組の生徒しか起きないはずの現象が彼らの前に起こり……
雰囲気がすごく良いな、というのがまず思ったこと。
物語としては、本来、1年4組の生徒しか発症するはずのない「青春虚構具現症」が、なぜか2年生になった社たちの前に起こるので、それを解決する、という形で進行する。「青春虚構具現症」は、原因となった生徒の望みを暴走させる形で具体化する。しかし、それは本人の想いとは裏腹に起きてしまう……
そんな設定で、なぜかワープしてしまう少女・北沢古海。社のものをなぜか奪ってしまう少女・早乙女翼と言った面々の問題を解決することに。
北沢古海の話については、「ワープ」という現象の背景が非常に印象的。例えば、走っていると、突如として数メートルほど飛んでしまう。それだけを見ると、物理的な移動というのがポイントなのかな? という気がするけれども、彼女のことを深堀する中で別のことが判明し……。文字通り、願いを「暴走させた」結果。青春虚構具現症というのがどういうものなのか? というのをまず教えてくれるエピソード。一方、早乙女翼のエピソードは、その謎解きそのものよりも、だんだんと霧宮澄御架の存在がクローズアップされていく。そして、その霧宮澄御架が復活する、という状況が現れて……
そもそも、霧宮澄御架が倒れ、その後は顔を見ることもなく「死んだ」と言われた社たち。当然、その亡骸なを見たわけではない。そんな状況だからこそ、「実は海外で手術を受けて」というのもあり得るのではないか? という希望も生まれてくる。でも、本当にそうなのか? 皆が、霧宮澄御架が生きていたことを受け入れる中、しかし、だんだんとその矛盾点なども露になっていって……
青春虚構具現症の原因となっているのは誰なのか? 社自身なのか? そんな疑問なども浮かびながらの原因となった人物探しはスリリング。そして、その中で露になること。青春虚構具現症の解決、という形で入りつつも、だんだんと霧宮澄御架の存在へとシフトさせていく物語の流れが上手く、最終的には少しの喪失感を感じさせる終わり方が実に自分好みだった。
まぁ、1年4組の生徒しか発症しないはずの青春虚構具現症がなぜ、そこから外れたところで起きるのか? というような謎は残されたままなのだけど、この辺りは続巻が出れば……という感じになるのかな? ということで、続巻も期待。

No.6640

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Tag:小説感想富士見ファンタジア文庫来生直紀

血の配達屋さん

著者:北見崇史



家族を置いて家出をした母。その結果、崩壊してしまった家族をどうにかするため、大学生の私は母が暮らしているという北海道の独鈷路戸へと向かった。だが、そこへ向かうバスは廃車かと見まがうようなオンボロバス。乗り込む人間は、猫(?)が入ったズタ袋を抱えた老人たち。そして、奇妙な出来事が……。そんな移動を超えて辿り着いたそこは、腐臭が漂う寒村。そして、そこには動物の死骸が動き回っていて……
第39回横溝正史ミステリ&ホラー大賞・優秀賞受賞作。単行本『出航』の改題作。……ただし、賞への応募時は、本作のタイトルだったらしい。
……なんだ、コレは? それが何よりも最初に出てきた感想だったりする。
とにかく、物語はその冒頭から、生臭い匂いが漂ってくるような描写が続く。母が住む村へと向かうバスの中、そして、辿り着いた村で出会う奇妙な生き物(?)たち。村の中には、動物の遺体などが普通に放置されており、そこではなぜか動物の内臓が生きているかのように闊歩している。腸がまるでヘビのようにウネウネと這っていたり……と。漁港とかに行くと、何か魚の腐った……というか、干からびた、というか、そんな匂いがしたりすることはあるのだけど、頭の中でその匂いが何倍、何十倍にも強烈になっている状況が浮かんでいた。
そして、そんな村に暮らす人々。出会う人々は老人ばかりで、しかも、主人公に対して厳しい口調で「歩き回るな」「出ていけ」というような言葉をかけてくる。再開した母も、そんな奇妙な生物には触れず、仕事に行くから家にいろ、というばかり。そんな言いつけを破り、村を歩く主人公だが、そこで奇妙な儀式をしている母たちを目撃して……
なぜ、そんな奇妙な生物(?)が蠢いているのか? 母が参加している儀式は何なのか? そして、母の仕事である「配達」とは? そんな謎が浮かび上がってくる。
……のだけど、なんか主人公がどうにも好きになれない。まぁ、キツい言葉を発する村人に反発を覚えるのはわかるけど、それでも母親の言いつけとかも完全に無視するし、村人を基本的に馬鹿にするし。さらに、主人公の家族や恋人に関しても……。いきなり恋人が村へとやってきたり、唐突に父親や妹が村に現れたりと、なんかいきなり感のある展開があり、「なんで?」と思われる部分がしばしばある。それでも、村が隠している秘密とか、そういうものは面白く読めたのだけど。
解説などによれば、本作のモチーフとしてクトゥルフ神話などがあるらしいのだが、自分が全く詳しくないため、そこがわからなかったのは、自分の責任なんだろうな。ただ、それを差し引いても、「なんだコレ?」という思いが強いかな、と。

No.6639

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Tag:小説感想角川ホラー文庫北見崇史

ちょっと奇妙な怖い話

著者:嶺里俊介



中堅ホラー作家・鈴木独行が、身近で起きた奇妙な出来事についてつづった……という形式で綴られる連作短編集シリーズ第2作。前後編の話を含めて全9編を収録。
前作もそうなのだけど、ホラー作品というよりも、奇妙な話などを含めつつも、著者(?)の身近で起こったことなどを綴ったエッセイ的な味わいを押し出した作品が多い。ただ、前作『だいたい本当の奇妙な話』よりは、ホラーに寄せてきたような印象を受ける。
1編目『海に棲むもの』。海に纏わる話を綴った物語。中学生のころ、沖縄・石垣島へと旅行へ行った著者。これまでに見たことのない生き物に夢中になっていた私は、遊泳禁止の浜へと降り立ってしまう。そこに毒をもつ生物などもいたのだが、そんな中に……。訳の分からない生き物との遭遇。それ自体は、確かにホラーのような部分もある。けれども、そんな思い出と共に地元へ戻り、時が経って再び行った時のショック……。奇妙な生き物の印象と、それと再会することはできないだろう、という最後の諦観の落差というのがより印象に残るエピソードだった。
純粋に嫌な話という印象なのは『五衆』。学生時代の友人と再会した私。卒業後は父親の会社を継ぎ経営をしていたが、父の死後、経営は悪化。投資詐欺などに引っ掛かり、会社は倒産。妻子も失い、ホームレス生活になってしまった。だが、そんなとき……。「願いをかなえてくれる」怪異。その存在に出会ったことで、彼は社会復帰が出来た……と思ったのだが……。怪異の存在もさることながら、その願いのかなえ方、そこに含まれている悪意。その悪意の効き方が強烈で印象に残る話。
『最後の仕事』。中学時代、学校帰りの山手線。その電車で耳にしたアナウンスは、通常の「次は〇〇」というものではなく、「ここにはこのような施設があり……」という周辺情報を交えたもの。アナウンスをするのは、この日をもって定年を迎える車掌。その思いを込めて……だという……。この話も最後にちょっとしたひっくり返しがあるのだけど、それよりも、現在ではそういうこともできないであろうこと。それが許されていた古き日の思い出。そんな情緒というのを強く感じされる話になっている。
『逝きかけた情景』。あとがきによると、これは著者(鈴木独行ではなくて、嶺里氏)が経験したことを元にしているらしいのだけど……日常生活に欠かせないけど、でも、ある意味では一番、リスクの高い風呂場というのは、こういうこともあるのだろうと感じる。怪異話を絡めてはいるけど、それよりも、実体験からくる怖さっていうのがあったように思う。
……でも、そこに自身のその時の傷痕写真を載せたら、編集者が言うようにドン引きしていたと思う。編集者さん、ナイス判断!
前作と比べて、怪異を交えた話とかが多くなった感じはするけど、昭和~平成くらいの思い出話とかも興味深く読むことができた。

No.6638

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Tag:小説感想嶺里俊介

著者:大森藤ノ



人造迷宮での一軒を経て、レベル7への昇格を果たしたフィン、リヴェリア、ガレスというロキ・ファミリア首脳3人。盛大な祝宴が開かれる中、ロキを含めて話題に上るのは4人の出会いの物語……
ということで、ロキが世界へと降り立ち、フィンと出会う。そして、リヴェリア、ガレスを仲間にするまでの過程が綴られたエピソード。著者があとがきで書いているように「自分を思い出す話」という感じ。
物語は、ロキとフィンとの出会いから。衰退している小人族に生まれたフィン。その小人族の再興を果たすため、その英雄となると決意した。そんな彼は、眷属を探しているロキと出会う。この辺りの概要そのものは、過去のエピソードでも描かれてはいたのだけど……旅立ちの時点でそうだったんだな、という感じ。そして、ロキが言うように、滅茶苦茶に生意気。なんか、ロキがそういう存在を面白がるからこそ、眷属として続けられたんじゃないか、という気がする。そういう意味では相性が良かったんだろうな。
そして、時間が経過し、リヴィエラとの出会い。ロキファミリアの中でも、どちらかというと常識人枠なイメージだったのだけど……ものすごいお転婆だったとは。森の中で、旧態依然とした生活を続けるエルフ族。その中心である姫として生まれ、その国の維持を定められたリヴェリア。しかし、そんな環境に彼女は我慢が出来なかった……。だが、勿論、王である父は、そんな彼女を許すはずもなく……。ある意味、盛大な親子喧嘩と言える話ではあるのだけど、締めと言える部分でのロキの放った一言が、正鵠を射ていてスッキリという感じ。
そして、一番分量のあるガレスとの出会い。こっちはなんか、イメージ通りかな?
鉱山の町で鉱夫として働いていたガレス。だが、その腕力は、他のドワーフ族と比べてもはるかに強く、そんな彼を仲間にすることが出来れば……とフィンたちはもくろむ。リヴェリア以外は……。だが、ガレスはそんな誘いに耳を貸そうとはしない……
「三顧の礼」ならぬ、「三娘の礼」と称して、なぜかフィンに女装させて説得に向かうとか、ツッコミどころのある説得を行う中で、だんだんとガレスの心に変化が生じていく。そして、鉱山に危機が訪れたとき……。この辺りの流れは、お約束の流れかな?
でも、ロキファミリアのトップに立つ3人。過去の話ということで、現在の彼らと比べて当然に若さ、生意気さ、みたいなものを感じられる、という意味でも面白かった。

No.6637

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Tag:小説感想GA文庫大森藤ノ

祭火小夜の後悔

著者:秋竹サラダ



中間試験が終わった日の放課後、数学教師である坂口は、倉庫代わりに使われている旧校舎へ机の交換作業のために向かう。そして、そこで奇妙な「あれ」と出会う……(『床下に潜む』)
から始まる物語。
第25回日本ホラー小説大賞・大賞&読者賞受賞作。
一応、長編ということになるんだよな……。物語は、3つの短編と、それらをまとめる形の中編という構成で綴られる。
粗筋で書いた1編目は、机を交換するため、旧校舎へと向かった坂口が、そこで祭火という生徒に「あれ」という存在がいる、ということを知らされ、そこで奇妙な出来事に襲われる。だが、祭火の言葉からヒントを得て、その災難を辛くも逃れる、というもの。この話は、坂口が助かった、という結末はわかるものの、それが何だったのかわからないまま……。
そして2編目『にじり寄る』、3編目『しげとら』と、それぞれ別の主人公での物語に。そこでも、奇妙な出来事に悩む主人公が、祭火に救われる形に。1編目より、2編目。2編目より、3編目がより嫌な印象を与える物語に。
特に3編目『しげとら』は、ホラーとしての怖さを感じる。幼いある日、新しく買ってもらった外行きの服を破いてしまった葵。そこに現れた「しげとら」という男に10年後に返せ、という契約で同じ服をもらう。だが、その直後、しげとらが「返済」と称して人間を消してしまう姿を目の当たりにする。10年後、自分も消されてしまう? そんな恐怖におののきながら過ごす葵。周囲に警戒しながら過ごすが、「しげとら」は別人に成り代わったりして神出鬼没で、返済までの期間を示してくる。いよいよ、契約の10年後が迫る中……。神出鬼没のしげとらに追い詰められていく恐怖。その中で自衛のために武器などを用意する葵。だが、そこに現れた祭火は……。思わぬ形の決着は素直に上手かったし、その上で、1編目から3編目で、それぞれ怪異には法則性がある、ということが示される。
そして、4編目『祭の夜に』。主人公は再び坂口へと戻り、そんな坂口は、祭火から「7月21日の夜、兄が魔物に襲われるから助けてほしい」と頼まれる。坂口の他、2編目の主人公・浅井、そして3編目の主人公・葵も協力することになり……
これまで、どこからともなく表れて、ヒントを与えてきた祭火。そんな祭火への恩返しと張り切る面々だが、イマイチ、祭火の意図が分からない。しかも、坂口は祭火の兄が4年前に死亡していたことを知る。それなのに? 祭火の狙いは何なのか? そんな疑惑を覚えつつも、いざ、彼女の指示に従う中、魔物は実際に現れて……
怪異に法則性が存在していること。協力者が協力をする理由。その辺りに説得力を持たせるために前半があるのはわかったけど、その分、後半の話はちょっと駆け足になった感は否めないかな? ただ、祭火の抱えていたもの。兄がしようとしていたこと。そういうのがしっかりと回収されての後味は良かった。純粋に怖さ、という点では3編目が抜群だと思うのだけど、キャラクター性とか、そういうのを活かすために、この形が一番だったのだろう、という気がする。

No.6636

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Tag:小説感想角川ホラー文庫秋竹サラダ

怪人デスマーチの退転

著者:西尾維新



父である初代怪盗フラノールが盗み出したものを返却している2代目フラノールこと、あるき野道足。今回、彼が返却を狙うのは、金沢の職人が作った金の書籍。ページが緊迫で作られたそれは、再現不能であり、読むこともままならないもの。道中、名探偵・虎春花と一緒になるということがあったものの、辿り着いた先で知ったのは、その本の製作者が不可解な死を遂げており、さらにその妻もまた……ということだった……
シリーズ第2作。
粗筋には「怪盗ミステリー」と書かれているけど、ミステリー色は大分弱めだな、という印象。
物語の設定としては、冒頭に書いた通りなのだけど、物語シリーズよろしく、各編で、登場人物との会話劇を続け、その中で情報を集めていくと同時に、宿敵となってしまった弟・怪人デスマーチとも対峙することになっていく。そして、その中で、製作者は同じ名前を襲名すること。本の製作者である先代は奇妙な死を遂げており、現在は養子が跡を継ぎ敏腕の「経営者」として金箔生産の事業を拡大していること、などが判明していく。そんな中、その2代目も顔に金箔をはられて殺される、という死を遂げ……
その死の真相、犯人を探る……というのが物語の主題となるのだけど、前巻に続いて、親子関係、名を継ぐ、とか、そういうものが主題だな、と感じる。
主人公の道足は、父が怪盗として数多くのモノを盗んできた、ということを知り、その返却を至上命題としている。それは、父のことを否定し、同時に自らの存在意義を確認するための行為。一方で、弟は、道足とは別に、怪人デスマーチとして裏の家業を継ごうと……。一方、本の製作者である一族の中では……
名前を継ぐ、ということは、その職業を継ぐ、というだけでなく、名声であるとか、評判であるとかを継ぐ、ということ。それは、一般的には、その職業において普通の人よりも良いスタートを切れる、という風に言える。しかし、受け継ぐためには、それにふさわしい修行などが必要になるし、評判を受け継ぐということは、悪評などもまた……。落語とか、歌舞伎とかで、同じ名前を襲名する、ということの意味というのをどうしても意識してしまう。まぁ、ここで描かれるものは、流石にエンタメ作品だからこそ、だろうけど、一端は持っているんじゃないかと思う。
あと……
著者の作品のキャラクター名って読みづらいのだけど、今作のキャラクターたちはいつになく読みづらい名前ばかりだった。……なので、省略しちゃった……

No.6635

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公務員、中田忍の悪徳6

著者:立川浦々



中田忍の意思を曲げ、晴れて同居生活継続を勝ち取ったアリエル。自動車免許の取得、アルバイト開始……と現代社会への融和を進めていくが、そんな彼女を忍を複雑な心境で見守っていた。そんな矢先、新たな耳神様伝説の残滓を知り……
大分、佳境に入ってきたな、というのがまず思うところかな。
物語冒頭は、住民票などを取り、現代社会へと入ろうとするアリエルの姿。自動車免許を取り、初めての運転。犠牲者は一人で良いとばかりに中田一人が同行。その一方で、いつものスーパーで環と共に始めるアルバイト。忍に仕込まれていたこともあり、魚をさばく作業に関しては、オヤカタが驚くほどの腕前。予想以上に社会へと上手く適合している、という様子が描かれる。そして、そんな中、環が「耳神様」の痕跡を探す中で姿を見せていた老人から思わぬ情報が……
その中に、忍の職場での出来事とかを挟みつ、その情報を元にして瀬戸内海の、かつて毒ガス工場があった島へ……
「ここは、天国ではーーありませんでした」
というアリエルの言葉が印象的。
瀬戸内へと向かう中で訪れることとなる広島の原爆資料館。そこに記されていた、人間の愚かな行為の情報。そして、目的地の島で待っているであろうこと。それは、食事などに困ることはなく、現代社会が天国のように感じていたアリエルに冷や水をかけるような現実。
さらに、耳神様に関する情報を求める旅の中で見え隠れしてくる協力者たちの中の心境の変化。どちらかと言えば、自分の仕事を淡々をこなすタイプである由奈が見せた思わぬ行動。表に出さないようにしているが、しかし、傍から見ていても(忍以外には)バレバレの環の忍への想い。忍の、アリエルに対する思い。そういうものがだんだんと露になっていく。そして、アリエルによって発見された無人島の探索を経て……
ある意味では、アリエルの成長とも受け取ることができる、彼女が最後に見せた「秘密」。そして、その端緒を知り、自分の想いを叶えるために環が見せた仕草……
この巻のエピソードにおいて「ここは天国ではない」というメッセージが強く強調されたわけだけど、協力者たちの中に現れてきた思惑のすれ違い、というのが、そのテーマと繋がっていくのではないか? という予感がしてならなかった。

No.6634

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Tag:小説感想ガガガ文庫立川浦々

四日間家族

著者:川瀬七緒



自殺を決意した夏美は、ネットで知り合った3人の男女と共に山へと向かう。練炭に火をつけ、自殺を実行……しようとしたその時、森の中から赤ちゃんの声が。「最後の人助け」と、その赤ちゃんを一時保護することにするのだが、母親を名乗る女性がSNSに挙げた動画により、4人は誘拐犯に仕立て上げられてしまう。動画は拡散され、素性は特定。「善意の」人々から追われることになってしまい……
読み終わって、よくよく考えると色々と強引に感じるところはあるのだけど、それを差し引いても面白かった。
まず面白かったのが、この4人の関係性。冒頭、自殺へと向かう4人は夏美をして「最悪の組み合わせ」。仕切りたがり屋で、でも、小心者なのが丸わかりのおっさん・長谷部。やたらと着飾った老婆・千代子。何か斜に構えた少年・陸斗。互いのことなんてどうでもよいはずなのに、自己紹介をさせたがってきたりと、鬱陶しい。そしてそんな流れから、森に捨てられた赤ちゃんを拾うことになる。
SNSで拡散された動画では、4人に誘拐された、ということに。しかし、4人が見たものは真逆。一人の女性が森の奥に赤ちゃんを置き去りにした、という場面。しかも、置き去りにした女性と、動画で「母親」を名乗る女性は別人。置き去りにした女性は、何かの組織の人間で、その指示によって置き去りにしたことは明らか。そして、その動画により、どこにでも「敵」がいる状況での逃亡劇と、犯人を探る戦いが始まる。
SNSによって、自分の顔だけでなく、素性であるとか、そういうものもすぐに特定されてしまう恐怖。警察官のように、わかりやすい格好をしているわけではない。だからこそ、恐怖である、のは間違いない。その辺りの恐ろしさは上手く描かれている。その一方で、その反撃として置き去りにした実行犯の女を「共犯者」に仕立て上げ、その結果として情報を搾り取る操り人形に仕立て上げていくというやり方など、SNSを題材にして、その反撃方法も上手い。
そして、何よりも面白いのは、先ほど「最悪」と書いた4人の関係性がだんだんと変わっていく様。冷静な分析力を持つ陸斗と、小狡い夏美の頭で、追い詰められた状況を打破する。赤ちゃんを抱えている中、その赤ちゃんの扱いに長けた千代子の知恵。事業に失敗したとはいえ、社長という立場で社会をよく知っている長谷部。それぞれが、他者を認め、自分の武器を発揮していく様。さらに、特にいくらでもやり直しが効くであろう陸斗を……という思いを強めていく様は素直に楽しい。
一方で、「敵」の正体が何なのか? 置き去りにした様子を見ても、相手は組織的に殺人などをしているのは間違いない。しかし、実行犯の女の迂闊さとかを見るに、暴力団などの組織とも思えない。その組織は一体、何なのか?
まぁ、その組織のやっていることの酷さは、シャレにならないし、(ここまでではないが)表向きとは別に悪事をしている組織とかがあるのは事実。ただ、そういう「裏」の仕事をするなら、それなりの人間を使うんじゃないか、という気はする。そして、主人公である夏美の正体。ある程度は判明するのだけど、ある程度止まり。なんか中途半端な感じが残った。というか、物語の決着をつけるための駒として使われた感がしてしまった。そういう意味で、色々と不満が残る部分はあった。
でも、最初に書いたように、それを差し引いても、テンポやキャラクターなどが良くて、面白く読むことができた。

No.6633

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Tag:小説感想川瀬七緒

著者:石川博品



東京都沖津区……そこは、国民的アイドルグループLEDに反旗を翻す女子高生アイドルたちが鎬を削る街。高校に入学し、寮生活を始めた吉貞ナズマは、その寮が沖津アイドルたちの根拠地となっていることを知る。だが、音楽が奇妙な幻に見えるナズマにとって、アイドルというのは好きになれない存在であった。一方、その寮で暮らす尾張下火(あこ)は、学校一の美少女・グンダリアリーシャとアイドルユニットを組むことになるのだが……
本書が刊行されたのが2016年なので、AKBとかが人気だったころ(今だって人気だ、と言われれば人気だけど)に、それとは別ベクトルのアイドルを中心に描いた、ということになるのかな? 物語冒頭、寮に入ったナズマが、幼馴染のクニハヤと再会。そして、そのクニハヤは、国民的な人気アイドルLEDはクソだ、と言い放つ辺りから始まってくるだけに。そして、ナズマは、下火たちと出会い、それまで音楽が意味不明な幻というものを克服し、下火たちのマネージャーになることに……
アイドルと言っても芸能事務所とかがついているわけではない。色々なことはすべて自分で、というインディーズバンドとか、そんな感じでの活動開始。バンドモノであるように、他のアイドルとの争いがあったりとかしながら活動を始めていくのだが、当の下火にはある秘密があって……
「いまやれ!早くやれ!うまくなるのを待ってないでやれ!」
というのが、この作品の何よりものテーマだ、というのはよくわかる。それこそ、LED、そのモデルだろうと思われるAKBグループ。はたまたジャニーズとかもそうだけど、アイドルとして活動をする前に候補生とか、そういう下積みの集団が沢山いる。けれども、そうやって選ばれた者だけがなる存在なのか? そんなことに対するカウンターというか、そういのを感じる。特に物語終盤、下火の正体とかが判明してからは、余計にそれを感じる。
ただ、当時の著者の作風と言えばそうなのだけど、結構、作中に当時の時事ネタ的なギャグを入れてきたり、はたまたセリフの中に()を使ってのツッコミが入るとかかなり独特の文章になっていて、ちょっと文体に慣れるのに苦労したな、という感じがある。最近の作品の合間を縫って、昔の作品を読んでいる、という状況だけど、自分は最近の作品の方が好きだな、というのを認識した、なんて風に思った。

No.6632

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Tag:小説感想ダッシュエックス文庫石川博品