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(書評)流言とデマの社会学

著者:廣井脩

流言とデマの社会学 (文春新書)流言とデマの社会学 (文春新書)
(2001/08)
広井 脩

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人々の口に上る「流言」。その分類、メカニズムなどを社会学、言語学、心理学などの方面から研究し、また、そこで発生する風評被害の実態などについても言及した書。
第1章で、「流言」とは何か? そのメカニズムなどを各種研究などから綴り、第2章では、災害や災害予知などにおける実例を紹介する。そして、第3章では、雲仙普賢岳や所沢ダイオキシン問題、東海村臨界事故などで発生した風評被害について綴る、という構成を取る。
具体的な中身からもわかるように、本書は既に10年ほど前に書かれた書籍で、具体的な中身についてはちょっと古い、という部分も多い。また、著者の専門などもあるのだろうが、「流言」と行っても災害に関する部分が主である、という偏りもある。ただ、それでも、東日本大震災などを巡って、色々と出ている状況を見ると、なるほど、と感じるところが多い。
第1章は、分類とメカニズム。
中でも触れられているが、「流言」という言葉には、「噂」とか、「デマ」とか、類語が多い。その中で、流言とは一体何なのか? また、言語学的には、どういう形で言われることが多いのか? というのは、なかなか興味深い。
確かに、「デマ」は意図して流されるものなのに対し、「流言」は自然発生的に登場する。また、「噂」は個人のプライバシーなどなのに対し、「流言」は社会一般について、と区別できる。何気なく使っていた言葉だけど、そう分けてみると確かに違いがあるのがわかる。また、それがコミュニケーションの発露となっている、というのも確かにそうだ、と感じる。
また、メカニズムについて、情報の需要と供給のバランス、重要性と曖昧性の積によって広まり方が決まる。そして、正確な情報・知識が、それを沈静化させる、というのも納得。第2章、第3章で、そういう実例を多く扱っているだけに余計に。
ただ、この「正確な情報・知識」というのは曲者だとも感じる。今回の東日本大震災関連にしても、確かに、ラジオや携帯電話などを用いることで全く情報が伝わらない、ということはなくなりつつある。でも、正確な情報を出して、安全宣言などをしても、「政府の陰謀だ」「国内メディアと外国メディアと温度差がある」とかで一人歩きしているものがあるところを見ると、これもまた難しい、と感じざるを得ない。
ただ、第3章の、風評被害については、「流言」の蔓延によって引き起こされる被害で、現在、最も多く引き起こされるもの、という意味では重要なのだが(東海村の臨界事故により、東海村に住んでいる、だけでも差別される、などというのは、東日本大震災の原発問題で福島の人たちが差別されているのと同じ状況だったり、とか、現在と通じるものが多い)、他の形の問題も発生し得るだろうことなどを考えると、ここだけに的を絞ったことで書全体のテーマから少しずれてしまった感がある。もう少し、他の問題の事例を出しても良かったのではないか、と感じる。
とは言え、「流言」「デマ」「噂」などについて整理して考えるための入門書として良いのではないかと思う。

No.2501

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