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(書評)冥府神の産声

著者:北森鴻

冥府神(アヌビス)の産声 (光文社文庫)冥府神(アヌビス)の産声 (光文社文庫)
(2008/11/11)
北森 鴻

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脳死臨調の中心的人物・吉井教授が刺殺された。かつての吉井の教え子で、吉井と対立し、大学を追われた医療ライターの相馬は、吉井の周囲に同期の男・九条がいるのを見つける。ホームレス街で、不思議な少女・トウトとともに過ごす九条。そして、事件の真相は……?
短編の名手、と呼ばれた著者だけど、考えてみると、本作も含めて、長編しか読んでいないことに気付いた。
というような、どーでも良い前置きはさておいて、本作を読んでいて感じたのは、ファンタジー色と社会派小説を上手くミックスしたような作品だな、という印象。
冒頭にも書いたように、物語のテーマとして描かれるのは、「脳死」という問題。もともと、この作品が発表されたのは1997年。丁度、脳死移植法が施行され、現実の脳死移植が行われるのを待つ、というタイミング。そういう状況を考えると、ちょっと古い感覚はあるのだけど、でも、現在、検討などがされているほかの事案に置き換えたら? とか考えても通用すると思う。
脳死を巡って蠢く各勢力。推進したい官僚がいて、政治家がいて、製薬会社がいる。その一方で、推進されては困るという、同様の立場の存在もいる。作中で、相馬が出会う政治家だとか、そういう存在はまさしく、そんな利権に縛られた存在であるし、また、常識的に考えれば推進したいであろうに、なぜか協力を申し出てくる製薬会社のプロパー・時尾とか謎の存在もいて……と、混沌とした展開にすっかり心引かれた。
特に、作中でも問題となってくる「死の瞬間」を巡る議論というのは脳死という制度が完全に動き出した現在でも十分に通用する。作中や解説でも「哲学の問題」と書かれているのだけど、確かに、その部分がある。本作とは直接の関係はないけど、例えば、「死んでも生き返る」という子供がいる、というアンケート結果を「今の子供はおかしい」なんていう論調を時々見るけど、「そういえるの?」と疑問を感じるところと通じていると思うのだ。だって、私などは「心臓が停止したときが死の瞬間」と幼い頃は聞かされたのだけど、だとすれば、心肺停止などから奇跡的に回復した事例っていうのは「生き返った」に他ならない。勿論、今後、完全な人工心臓などを使う人もいるだろうけど、そういう人は「心臓がない=死者」なの? とか広がる。私のつたない知識で考えても、こんな問題があるのに、まして、医学の最先端の研究でもブラックボックスの脳について考えると……となるのは当然だと思う。作中で描かれた結論は、ファンタジー的な部分があるとしても。
そして、もう一つのファンタジー要素としてのトウトの存在。彼女は、結局、何だったのか? 突如、予言を行い、ホームレスたちの精神的支柱になっていく。彼女の頭には、手術の痕と見られる傷があり……と意味深な伏線はあるのだが、結局、明かされないまま。すべてが明かされなくとも、もう少し掘り下げがあっても良かったように思う。何せ、存在感が物凄いのだから。
そんなトウトのこと、そして、吉井教授殺害の犯人探し、という部分がかなり薄くなってしまったのはちょっと残念だったが、それでもなかなか読み応えのある作品だった。

No.2704

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