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(書評)春を背負って

著者:笹本稜平

春を背負って春を背負って
(2011/05)
笹本 稜平

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行き詰っていてサラリーマン生活をやめ、父から山小屋を継いだ亨。父の後輩だというホームレスのゴロさんらと、山小屋で起こる事件を描いた連作短編集。
ということで、著者がテーマとして描くことの多い「山」を舞台とした作品の一つ。ただ、今回の舞台は、ヒマラヤとか、そういう場所ではなく、奥秩父の2000M級の山。比較的、年を取った人も多いが、一歩間違えれば重大な事故にも繋がる。そんな場所を舞台とした物語となっている。
読んでいて、最初に感じたのは『未踏峰』と同じような雰囲気を持っているな、ということ。
『未踏峰』では、障害などを抱えた主人公らが、ヒマラヤを目指す、という話だったのだが、本作の登場人物たちもある意味では傷ついて集った者たち。主人公の亨は、サラリーマン生活に行き詰ってしまった、という過去を持っているし、その相棒となるゴロさんは事業に失敗し、年の半分は東京でホームレス生活を営む日々。そして、もう一人の従業員となる美由紀は欝病をわずらい、自殺をしようと考えていた人。それぞれが、何らかの形で傷ついて、しかし、山での生活を通して再生する、という部分で共通していると感じるのだ。
著者の作品だと初期の『天空への回廊』などから山を扱っているが、だんだんと山の厳しさだけでなく、優しさを強調してきた、という印象を受ける。ただ、その中に、しっかりと厳しさを感じさせるところが良いのだと思う。
収録作で、私が好きなのは『花泥棒』と『擬似好天』。
『花泥棒』は、小屋近くのシャクナゲ群生地。そのシャクナゲが何者かに盗まれるという事件が頻発。そんな中、近くに小屋、亨の実家である民宿に泊まった女性が不可解な行動をしている、というもの。
この女性というのは先に書いたもう一人の従業員となる美由紀であり、自殺を考えて……というようなことになるのだが、認知症にかかった彼女の父が最期まで記憶していたという一面のシャクナゲというラストシーンがとても鮮やかで、山の美しさ、山の包容力を感じさせてくれた。上手く行き過ぎといえばそれまでだけど、美由紀が立ち直るきっかけを得るのがわかるような気がする。
一方の『擬似好天』は、冬、嵐の中で小屋にたどり着いたパーティの話。
初心者を抱えるパーティで、何とか辿り着いた山小屋。しかし、メンバーの一人の夫がそのとき、事故に遭って生死の境をさまよっている……。
人情として、一刻も早く山を降りて夫の下へ行かせていやりたいという気持ちと、まず無事に下山をすることが重要で、そのためには我慢をするしかない、という状況のせめぎあい。亨らは小屋におらず、小屋との電話でのやりとりがメインなのだけど、それゆえに伝わる緊迫感と、ラストシーンで綴られるその夫婦の絆というのが強く印象に残った。
多少、綺麗にまとまりすぎ、という気がしないではないが、山の厳しさと優しさ、両者が上手くかみ合っていると感じる。

No.2734

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