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(書評)神の手

著者:久坂部羊

神の手(上)神の手(上)
(2010/05/25)
久坂部 羊

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神の手(下)神の手(下)
(2010/05/25)
久坂部 羊

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京洛病院の外科部長・白川はひとつの決断を迫られていた。それは、21歳にして、末期の肛門癌に侵された青年・古林章太郎への処置。助かる見込みはないが、若さゆえに死ぬことなく苦痛に苛まれる章太郎。彼の育ての親である伯母・晶子はその姿に苦悩し、実の母である康代はその状況を理解せず、病院に姿すら見せない。悪化する状況の中、章太郎に安らぎを与えるため、白川は手を下すのだが……
久々に読んだ久坂部氏の作品のテーマは、「安楽死」。
物語は、冒頭に書いたように、極限の状態に置かれた青年・章太郎に対し、白川が安楽死の処置をするところから始まる。その結果、連絡をしても全く応じなかったはずの章太郎の母・康代は、白川を殺人鬼と言わんばかりに批判をし、一方、安楽死を推進すべき、という者たちからは一躍、ヒーローとして扱われていく。両者の、その中にも様々な思惑がある中に晒されながら、安楽死を巡る様々な問題を浮かび上がらせていく。
とにかく、「なるほど」と感じる部分が色々とあった。例えば、若い患者こそ、安楽死が必要になる、というような部分。病死というと高齢者のイメージがあるけど、確かに、高齢者は体力がないから放っておいても死ぬ。けれども、若者は体力がある分、なかなか助かる見込みがなくて、苦しみが長引いてしまう。この上なく、ぶっちゃけた話ではあるのだけど、でも、そういう面というのはあると思う。
その一方で、安楽死の合法化を阻止するグループが言う「厄介な治療を早く終わらせたい」という潜在意識が出て、どんどん安易な安楽死へ、という流れが出来る可能性というのもあると思う。冒頭に、白川の苦悩だとかが出ているだけに、すべてがすべて、安易だとは言い切れないけど、人が流されやすいものだ、ということを考えればその意見も確かだと思う。
そこへ持ってきて、医師会だとか、JAMAだとかといった医師の団体の利権争いであるとか、政治の関与、さらに、その中でメディアなどを通して「安楽死を認めるべきだ」という空気が出来上がっていく……というのが描かれ、かなり大規模な物語になっている。多少、それぞれの主張が随分と軽いな、と感じる部分があったり、はたまた、一種の宗教的なところに感じられる部分があったり、と、ちょっとやりすぎでは? と感じるところはあったものの、でも、何かが変革する場合の雰囲気なんていうのは強く感じられる。安楽死を巡っての様々な問題を書ききった、というのは強く感じられた。
ただ、正直、安楽死に反対する人々が一人、また一人と不可解な死を遂げていく……というような要素についてはむしろいらなかったのではないか、という気がする。変に陰謀っぽくすることで、物語の焦点がぶれてしまった感じがするし、いくら政治家などの圧力を使えるとは言え、やたらとリスクばかりを高める方法でしかないわけだから……。ちょっとやりすぎじゃないか、というのを感じて、そこは少ししらけてしまった。
とは言え、先に書いた安楽死を巡っての問題提起や、その中での様々な勢力の蠢きというリアルさは見事だし、また、弱点と感じた部分についても、これまでの「おいおい……」という結末の作品と比べれば遥かにまとまっていたと思う。面白かった。

No.2818&2819

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