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(書評)人間形成障害

著者:久徳重和

人間形成障害 (祥伝社新書196)人間形成障害 (祥伝社新書196)
(2012/09/03)
久徳 重和

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現代日本では、不登校・ひきこもり・いじめ・凶悪な事件……などなど、若者の問題が深刻である。メディアは色々と騒ぎ立てるが、その根本的なところは解明できていない。しかし、その根本は、親・家庭・環境などによって生じる成熟障害、「人間形成障害」である。それは何なのか? そして、人間形成障害にならないための方策を紹介した書。
らしい。
とりあえず、著者の主張を言うなら、人間というのは生来の気質など先天的な要素の上に、環境によって育まれる社会性の習得などで「大人」になる。ところが、経済成長などの中で、それが喪われてしまった。それが、現在の若者の様々な問題の原因である。そういう若者に「たくましさ」を身につけさせることによって、その問題は解決する、というようなことになると思う。
この時点で、色々と「?」と思うところはある。この手の書籍にいつも書いている「その前提は正しいの?」という部分。
例えば、不登校。著者は、文科省の「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題の調査」を出して「増えている」とするのだけど、この調査って「いじめ」調査などと一緒に行われているもの。都道府県ごとに数十倍の格差があるそれと比べると不登校率の差は少ないのだけど、「いじめ」件数が、マスコミ報道が増えると激増し、減ると激減する、というように伝える側が教員であるが故の流れがある。「不登校」が増えている、というのはそれが問題視され報告が増えた、などという可能性がある。実際、何度か、「不登校」の定義そのものも変化している。ひきこもり、とか、モンスターペアレントなんていうのは、そもそも、最近になって注目されたり、概念が作られたもので、客観的な時系列調査などは存在していない。
また、著者は「経済成長などと同時に、教育環境が悪化している」というのだが、その例としてあげる「秋葉原事件のような異常な犯罪」は、むしろ、長期的に見れば減少傾向にある。著者は、昭和30年代から環境悪化が始まった、というのだがならば、比較的、まともだったはずの団塊世代が、2000年代半ばくらいまで、若年層よりも高い「凶悪犯罪率」であったのはなぜなのか? ということになってしまう。つまり、前提として矛盾を感じるのだ。
そういうところで、引っかかるところは山のようにあるのだが、それ以上に感じたのが、余計と感じるような部分が多いこと。
例えば、第1章では、冒頭に書いた「人間というのは生来の気質など先天的な要素の上に、環境によって育まれる社会性の習得などで「大人」になる。それが人間形成障害だ」というのを説明するのに、「○○博士はこういう説を言っている」「××教授はこういう説を主張している」というのを医学用語の説明などは殆ど無いままに延々と続ける。紹介される各説が間違っている、とは言わないものの、それは著者の主張に賛同した意見ではないし、肝心なところは著者(および、元の提唱者である)著者の父の言葉というものだけ。しかも、著者の言う「人間形成障害」かどうかの基準とか、そういうものはまったく示されないし、また、その後の予防法とかでも具体的な内容などは示されない(また、示された治療法の中には、いじめられっこに「いじめられるのは、反撃しないからだ」として、反撃方法なども教えている、と述べているが、こういうのは「いじめは自己責任」という心の問題に矮小化する危険性をはらんでおり、その点でも問題がると思われる) 替わりになぜか、国の労働問題や財政問題などについて政治批判を展開してみたりとか、凄く混沌とした内容になっている。これは、わざとなのか何なのか? ただ、ところどころで、「自分は腕が良いのだ」というのを示唆するような文言が出ていることからして、自らに対する権威付け的な意味があるのは間違いないだろうが。
ということで、基本的に、著者が主張する前提そのものに大いなる疑問がある。そして、話が色々と逸れて、著者が行っている治療など、肝心なところは曖昧。さらに、医学的知識がない私が言うのも何だが、著者が主張する喘息治療とか本当かよ、と思う部分もある。
これが読み終わって頭に浮かんだところ、という感じだろうか。

No.2998

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