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(書評)度胸

著者:ディック・フランシス
翻訳:菊池光

度胸 (ハヤカワ・ミステリ文庫 フ 1-5 競馬シリーズ)度胸 (ハヤカワ・ミステリ文庫 フ 1-5 競馬シリーズ)
(1976/07/25)
ディック・フランシス

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イギリス競馬でも有数の有力騎手であるアート・マシューズが競馬場で自殺をした。契約していた厩舎から解雇された直後だった。そんな騒ぎの中、走らない馬ばかりを任せられる下積み騎手のロバートは、人気競馬キャスターのケンプトンから、番組で下積み騎手の生活を語って欲しいと依頼を受ける。その依頼と前後し、彼の騎手人生は上昇気流に乗り始めるのだが……
『本命』に続いて、ディック・フランシスのデビュー2作目にあたる作品。これは、面白い。まさに、騎手出身である著者だからこそのリアリティじゃないだろうか。
冒頭に書いたように、主人公のロバートは実績の無い下積み騎手。しかし、任された「駄馬」を思わぬ形で勝たせてしまったことでその運命が反転する。一躍、有力厩舎から馬を任させるようになったロバート。しかし、頂点へ……と思った矢先に、今度は不可解な不調に襲われてしまう、と展開していく。
デビュー作である『本命』が、競馬の世界のルールとか常識とか、そういう薀蓄を題材にしたミステリであるなら、本作は騎手そのものを描いた作品という風に言える。競馬のルールとか、そういうものは勿論、背景として描かれているのだけど、騎手とはどういう存在なのか? というところが強く推されている。
「ミステリ」というカテゴリで綴られるようにその中に悪意も陰謀も存在している。ただ、その犯人も手段も早い段階で明らか。その上で、ロバートがどうするのか、というのに重きが置かれる。
競馬の騎手の成績というのは、騎手の腕や好不調というものと同じくらいに、馬の良し悪しに左右されてしまう。しかも、それぞれの馬に馬主がいて調教師がいる。そんな中、明らかに馬が不調であったにも関わらず、騎手のせいとされてしまったら? しかも、それが完全に悪意に基づいて流された噂によって……。そもそも、好不調の判断自体が自分の意識で判断できるものじゃないだけにどんどん迷路に迷い込んでしまう……。そういう心理が生々しく描かれている。しかも、その迷いが晴れたとしても先に書いたように、馬主がいて、調教師がいて、という世界では一度失墜した信頼を取り戻すことはこの上なく難しい。一度落ちたら……そんな存在であることが良くわかる。
本作がイギリスで発表されたのは1964年なのだが、それから20年あまりが経過した後、日本で1985年に起きた「新潟事件」とその後の大崎騎手の姿などを見ると決して現在でも通用するものだとわかる。騎手と調教師、馬主の関係が日本とイギリスでは違うとは言え(というか、日本の方が生き残りやすいだろう、とすらいえる) そういうのを振り返って考えると余計に、作品の内容について考えさせられるのだ。
終盤のロバートの行動については賛否が分かれそうだが、それはさておいても面白かった。

No.3034

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