著者:ディック・フランシス
翻訳:菊池光
伯爵家に生まれながら、自ら望んで競走馬の空輸請負厩務員となったヘンリイ・グレイ。決して豊かとはいえない仕事と、その合間に挟むアマチュア騎手としての日々は充実していた。ただひとつ、そんな仕事は辞めて、貴族としての生活を求める家族との確執以外は……。そんなある日、輸送で訪れたミラノの地で、現地の女性ガブリエラと出会う……
ディック・フランシスのデビュー5作目となる作品。これは青春小説ですか? いいえ、冒険小説です。と、どこぞのCMのような紹介をしたくなる一作。
というのは、物語の多くを占めているのは、ヘンリイの日常だから。伯爵家に生まれた、文字通りの貴族という存在であるが故に、周囲からは軟弱なお坊ちゃま、というような偏見を持たれながらも、それを意に介さずに仕事に打ち込む日々。決して豊かでは無いものの、それは充実している。時に、同じ厩務員と拳でやりあうこともある。空輸先でどこかへと逃げて言ってしまう者もいる。さらに、自分自身はガブリエラという女性と出会い、旅先での恋に落ちる。
伯爵家に生まれ、それに縛られてしまうコンプレックス。その生活を押し付ける家族へたいする反発。厩務員としての日々の中に、そういうヘンリイの感情が生々しく描かれている。そして、謎というほどの謎も登場しないため、これって青春小説だったっけ? なんて思ってしまう。
ところが、そんな感覚は後半に入ると一気に吹っ飛ぶ。ちょっとしたところにあった疑問点から発見した同僚の不正行為。その同僚が突然の失踪をするところから一気に物語が急展開する。終盤は、文字通り、冒険小説としての魅力に溢れている。そのカラーの変化がまず見事。そして、その中で「これが伏線だったのか」「こっちも伏線だったのか」というのが出てくるのがまた凄い。ただの日常だった、という中盤までの展開がただの無駄じゃないと良くわかる。そして、終盤の飛行機を駆るシーンは、流石、パイロット経験がある著者(フランシスは、第2次大戦時、イギリス空軍に所属し、パイロットもしていた)と思わせる。
その上で、全てを読み終えると、この作品の時代性というのを忘れていたことを思い出す。イギリスで刊行されたのは1966年。当時の世界というのは、こういう陰謀というのがあったのだった、と真相が語られた瞬間思い出した。現在では歴史の1頁となった時代性を。逆に言えば、それを忘れるくらい、日常の描写などに古さを感じない、という風にも言えるかもしれない。
当時、この作品がどのように評価されたのかは良くわからない。ミステリーとしてのトリックそのものはワンアイデアかも知れない。しかし、著者の時代を感じさせない作品性故に、「この時代が舞台だった」というのを忘れさせてくれ、それが飛びきりのサプライズとなって私を驚かせてくれた。
No.3056

翻訳:菊池光
![]() | 飛越 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 12-6)) (1976/09/25) ディック・フランシス 商品詳細を見る |
伯爵家に生まれながら、自ら望んで競走馬の空輸請負厩務員となったヘンリイ・グレイ。決して豊かとはいえない仕事と、その合間に挟むアマチュア騎手としての日々は充実していた。ただひとつ、そんな仕事は辞めて、貴族としての生活を求める家族との確執以外は……。そんなある日、輸送で訪れたミラノの地で、現地の女性ガブリエラと出会う……
ディック・フランシスのデビュー5作目となる作品。これは青春小説ですか? いいえ、冒険小説です。と、どこぞのCMのような紹介をしたくなる一作。
というのは、物語の多くを占めているのは、ヘンリイの日常だから。伯爵家に生まれた、文字通りの貴族という存在であるが故に、周囲からは軟弱なお坊ちゃま、というような偏見を持たれながらも、それを意に介さずに仕事に打ち込む日々。決して豊かでは無いものの、それは充実している。時に、同じ厩務員と拳でやりあうこともある。空輸先でどこかへと逃げて言ってしまう者もいる。さらに、自分自身はガブリエラという女性と出会い、旅先での恋に落ちる。
伯爵家に生まれ、それに縛られてしまうコンプレックス。その生活を押し付ける家族へたいする反発。厩務員としての日々の中に、そういうヘンリイの感情が生々しく描かれている。そして、謎というほどの謎も登場しないため、これって青春小説だったっけ? なんて思ってしまう。
ところが、そんな感覚は後半に入ると一気に吹っ飛ぶ。ちょっとしたところにあった疑問点から発見した同僚の不正行為。その同僚が突然の失踪をするところから一気に物語が急展開する。終盤は、文字通り、冒険小説としての魅力に溢れている。そのカラーの変化がまず見事。そして、その中で「これが伏線だったのか」「こっちも伏線だったのか」というのが出てくるのがまた凄い。ただの日常だった、という中盤までの展開がただの無駄じゃないと良くわかる。そして、終盤の飛行機を駆るシーンは、流石、パイロット経験がある著者(フランシスは、第2次大戦時、イギリス空軍に所属し、パイロットもしていた)と思わせる。
その上で、全てを読み終えると、この作品の時代性というのを忘れていたことを思い出す。イギリスで刊行されたのは1966年。当時の世界というのは、こういう陰謀というのがあったのだった、と真相が語られた瞬間思い出した。現在では歴史の1頁となった時代性を。逆に言えば、それを忘れるくらい、日常の描写などに古さを感じない、という風にも言えるかもしれない。
当時、この作品がどのように評価されたのかは良くわからない。ミステリーとしてのトリックそのものはワンアイデアかも知れない。しかし、著者の時代を感じさせない作品性故に、「この時代が舞台だった」というのを忘れさせてくれ、それが飛びきりのサプライズとなって私を驚かせてくれた。
No.3056

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