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(書評)試走

著者:ディック・フランシス
翻訳:菊池光

試走 (ハヤカワ・ミステリ文庫 フ 1-17 競馬シリーズ)試走 (ハヤカワ・ミステリ文庫 フ 1-17 競馬シリーズ)
(1984/08)
ディック・フランシス

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「おれは死ぬ……アリョシャだ……モスクワ……」 モスクワ五輪を目指す英国王子の義弟と同性愛疑惑のあったドイツ人騎手が、心臓麻痺で死亡する直前、こう呟いた。病死として片付いた最期だが、アリョシャとは一体誰なのか? スキャンダルを恐れた英国王室は、視力低下によって騎乗が出来なくなった元騎手のランドルへ、調査を依頼する……
まず、物語の前提を確認する必要がある。本作の原作が、刊行されたのは1978年。そして、日本での刊行が1984年である。なぜ、そこが大事なのか、というと、当時の世界情勢と関わるから。原作が刊行された1978年というのは、まさしく、モスクワ五輪が間近に迫っていた、というリアルタイムでの状況。一方、日本語版が刊行されたのは、モスクワ五輪の顛末が既に知られている1984年。そう、ソ連によるアフガニスタン侵攻の影響を受け、50カ国あまりが参加を拒否した、ということで有名な大会だからである。ただし、フランシスの母国である英国はモスクワ五輪に参加しており、仮に原作の刊行が五輪後であっても、同じ内容だった可能性は捨てきれないが……
そういう政治情勢の違いをどうしても意識する本作なのだが、内容もその辺りをどうしても意識せざるを得ない。
刊行当時と言えば、東西冷戦の真っ只中。そのような中、西側陣営の中心であるイギリス人がソ連へと向かうことそのものは可能。ただし、ソ連側の警戒は強く、予定外の行動をとろうとすれば、警戒をされる。そんな中で、「アリョシャ」を調べようとするランドルの行動がどうしても印象に残る。ここまで、冷戦を背景とした物語はあったのだが、そこを最初から押し出した作品なのだから。
この作中で描かれるソ連での状態。これって、現在、北朝鮮へと言った人の証言に近いのではないかと思う。決して行くことを拒絶しているわけではない。宿などをはじめとして、来訪者に最大限のもてなしも行う。ただし、全てが予定の中であり、それを外れることは許されない。その中で、何とか真実へと抗うランドルは、やはりフランシス作品らしい。勿論、そこで妨害工作も起こって行く……
正直なところ、全体を通せば、やや平坦な部分もあると思う。中盤まで「アリョシャは誰か?」と言いながら、先に書いたような街での状況が続く。その状況の面白さ、で興味を抱かせるが、そこでひきつけられないと微妙かもしれない。ただ、それでも、終盤に一応の真相が判明した後、最後の最後でもう一度、前提を揺るがすひっくり返しがあるなど、サービス精神は旺盛。
ソ連の状況が、本書の通りなのか、というのはわからないが、しかし、そういうところで、興味を惹き、終盤まで引っ張る、という技巧は十分に感じられる作品だった。

No.3141

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