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(書評)利腕

著者:ディック・フランシス
翻訳:菊池光

利腕 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 12‐18))利腕 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 12‐18))
(1985/08)
ディック・フランシス

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元トップジョッキーにして、片腕の調査員であるシッド・ハレー。彼の元に舞い込む3つの依頼。3歳時(現行年齢で言うと2歳)に素晴らしい成績をあげながら、クラシックシーズンになると突然、成績が低迷するのは何者かによる策略ではないか? シッドも元妻であるジェニィが、恋人と思っていた男にだまされ、詐欺の犯人に仕立て上げられてしまった。そして、競馬場の保安部長であるルーカスが、彼の名で組んだ競走馬シンジケートで不正があるようだ、というもの。成績低迷を中心に調べ始めるシッドだったが……
「競馬シリーズ」と言われるものの基本的には独立した作品ばかりである著者の中で数少ない例外が、このシッド・ハレーのシリーズ。本作は、『大穴』の続く、そのシリーズ第2作。
非常に評価が高い作品なのだが、なるほど、と思わされる。
前作が、熱意を失った「死体」の状態からの復活であるなら、本作は、最高潮からの転落、そして復活、ということになるのだろう。とにかく、シッドの気持ちの変化の転換が見事。
3つの調査を抱え、それを精力的にこなすシッド。しかし、あるとき、拉致され、その心を折られる。その理由は、残された腕を失う、という恐怖。前作で失った腕。そのことが再び起こるのか? それも、もともと不自由だった手ではなく、健康そのものの腕を……。その恐怖に屈し、今度は、屈したことで自尊心などを傷つけられてしまう……その負のスパイラルがまず印象的である。
さらに、物語としてうまいと思うのは、3つの調査というのが複雑に絡んでいる点。おかげで、事件そのもの背景が見えなくなる、というのもあるし、1つで失敗したことで、他にも影響が出て、職そのものへの自信を失う……という負のスパイラルをより強調する役目があるため。これって、ミステリ小説の探偵モノで多い「1つの事件に集中」ではできない形だよな……と思う。もちろん、最終的には復活するとしても。
で、そういう中で、3つの調査の1つの中心でもあるシッドの元妻・ジェニィが「誰かに甘えることがない強い人」「甘えてもらえるような人なら」とシッドを評するんだけど、それが印象に残る。ここまで書いたように、シッドも恐怖に屈するし、自暴自棄にもなるんだ、と思うのと同時に、それでも復活するのが「本当の強さ」なのか、と……
犯人の行動についても、自尊心や恐怖心というものが背景にある。そういう意味で、すべてについて、その観点を貫いて描かれた一作だったのだな、ということに読み終え、こうやって感想を書いていて気づいた。

No.3144

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