著者:北山猛邦
王子が結婚した日、人魚姫は自らに剣を突き刺し、泡と消えた。だが、その翌日、その王子が何者かに殺害されてしまう。動揺する王室は、消えた人魚姫に疑いのまなざしを向ける。そんな頃、父を喪ったばかりの少年・アンデルセンは、グリムという奇妙な画家とともに、その人魚姫の姉・セレナと出会う……
ということで、アンデルセンの童話『人魚姫』をひとつの題材とした物語。主人公であるアンデルセンは、その小説を書いたアンデルセンの少年時代、というような設定であるし、探偵役のルートヴィッヒ・グリムというのも、「グリム童話」でおなじみのグリム兄弟の末弟としてちゃんと実在した人物である。人魚と言う、まさに架空の存在と、実在人物であるアンデルセン、グリム、さらにデンマーク王国なんていうのが組み合わせるところがすごいな、というところ。
で、物語としては、人魚姫の姉であるセレナと出会ったアンデルセンたちが、王子殺害事件の謎を追う、という話。離れのバルコニーで遺体として発見された王子。諸々の証言から、殺害されたのは、午後5時~6時頃、とわかるものの、その時間、城にいた者にはそれぞれアリバイが存在する。だから、最有力の容疑者は消えた人魚姫。しかし、そもそも、人魚姫は王子の事件の前に死んでいたので、それはありえない。でも、それを人間は知らないし、また、その事件で人魚の世界では戦争の危機がおきている。挙句、セレナは、それを防ぐために、魔女に心臓を預けている。7日以内に戻らねば、セレナも死んでしまう……
タイムリミットを定め、アリバイトリックを崩す、というのはいかにも著者らしい趣向。そして、主人公のアンデルセンは学生らしく、大人の思惑で動けなくなってしまったり、なんていう焦りがあったり、その中で一生懸命に考えて仮説を構築し、崩して……というのがある。まさに、著者らしい本格テイスト溢れる作品になっている。
……のだけど、この作品のポイントは、そこじゃないんだろうな……
ある種、「らしい」結末の先に待っているのは、先に書いた、この物語の設定が利用されたもうひとつの世界観。確かに、この作品の時代というのは、こういう時代で、人魚姫や魔女という存在がいるのであれば「こういうこともあるのかも」と思わせるのだ。こういうのもアリなんだな……と目から鱗。
物理トリックをメインに添えた本格ミステリを多く扱う著者だけど、最近は心理描写へ……そんな著者の両方の武器をどちらも持った一作であると感じられた。
No.3180
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