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(書評)「ゆとり」批判はどうつくられたのか 世代論を解きほぐす

著者:岡本智周、佐藤博志



かつて、日本では働き方も、学び方にも「ゆとり」を強く希求していた。しかし、現在、「ゆとり」というのは若者世代に対する罵倒の意味を持つようになってしまった。その批判は本当に根拠のあるものなのか? 「ゆとり」教育を巡る言説の変化。そもそも「ゆとり教育」の中身、そして、その中の特異性といったものを考察する。
ということで、岡本氏が執筆した第1章は新聞における「ゆとり教育」を巡る言説の変遷。第2章では、「ゆとり世代」とネーミングにおける特異性。そして佐藤氏が担当する後半では、学習指導要領などの変遷と、何が問題を作り出してしまったのかを考察していく。
元々、文部科学省などは「ゆとり教育」という言葉を使っていない。しかし、教育改革などを巡る文言の中で「ゆとりを」などと述べたことから批判派から「ゆとり教育」というネーミングがされ、それが定着してしまった。そして、具体的に「ゆとり教育」「ゆとり世代」というものがどこからどこまでか、というような定義づけなどがされないままに拡散している、というような構図が呼んでいると良くわかる。
その一番、大きいのが2009年のPISAテストで点数が上昇したことについて「脱ゆとりの成果」と喧伝されること。しかし、そもそも、2009年のテストを受けた生徒達は、「脱ゆとり」どころか学習指導要領でいう「ゆとり」のど真ん中にいる世代。しかも、PISAのテストは従来の試験とは異なった方向性の試験。そして上昇したのは、それに対応するための教え方に変化した部分が大きい。そして、それはむしろ、「ゆとり」の考えに近い、というのはなるほどな~、と思わされる。
その上で、本書に置いて一番、「確かに」と感じたのは、「ゆとり世代」と呼ばれるものの特異性。
「今の若い奴は~」的な見下した言説というのは、大昔から言われてきたこと。ただ、「ゆとり世代」と呼ばれる世代は、「ゆとり教育」という原因がはっきりしていて、その結果……と、原因と結果がはっきりしている(ように思える)ことが大きな問題となっている。というのも、「ゆとり」というものが日本においてはどちらかと言うとネガティヴな意味を持って捉えられることが多く、他の世代のように世代名をプラスに取るように変化することが起こりづらい。確かに、そもそも定義が曖昧な上に、しかも、ネガティヴな言葉で彩られたレッテルというのが強力というのはよくわかる。
私自身は、最近だと原田曜平氏の「定義とかすらよくわからないけど、今の若者はこれまでと全く違う」という世代論本を批判しているのだけど、そういう本を綴るにしても「ゆとり」という(細かい定義とはともかく大枠の方向性が決まった)世代レッテルは強いな、と感じていたのだけど、どう強力なのか、というのを確認できたように思う。

No.3718

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