(書評)新・オタク経済 3兆円市場の地殻大変動

著者:原田曜平



3兆円規模とも言われ、右肩上がりで成長する「オタク市場」。かつてのイメージのような「濃い」人が減ったにも関わらず。それは、一般人が「オタク市場」に流れ込んだから。そして、オタクは隠すものからアピールするものへと変化した。今や、かつてのそれとは違うお洒落で社交的な「リア充オタク」が増えた。
などとほざいている本。
丁度、この書を読むちょっと前にワイドショー番組で著者が炎上商法を試みたわけだけど、読んでいると、もう滅茶苦茶だな、という印象しか抱けない。
まず、著者の言う「オタクがライト化した」というものの根拠であるが、2004年と、2013年の調査において「オタク一人」の消費金額が減った、というもの。これが唯一のよりどころとなっている。ところが、これがまず全く意味のない比較だから始末に終えない。というのは、この調査というのは調査者も、調査方法も全く違うのである。2004年は野村総研の調査。対して、2013年は矢の経済研究所の調査。双方でサンプリングも、聞き方も、全く違うものである。これをもって、というのはそもそも無理がある。
そもそも、「オタク市場」とは何だろう? 例えば、「音楽」と言ってもアニメソングはオタク市場になるらしい。でも、アニメソングとそうでないものはどう分けるの? アニメの主題歌を有名歌手が手がけることは珍しくない。しかし、有名歌手のその曲を「アニメソング」として扱うのだろうか? 違うのだろうか? 例えば、シングルCD1枚が1200円で、10万枚売れるとする。これを入れるか入れないかで、1億円も市場規模が変わってしまう。ちょっとした違いで大きく規模などが変わるのは明白である。そういうことを考えず、無理矢理に比較するのは粗雑としか言いようがない。
また、「オタク」の定義もそうである。第2章では、オタクを4つの世代にわけているのだが、この定義をしっかりと見るとおかしなことが見えてくる。現在50代くらいという「第1世代オタク」というのは、「とにかく博識で、教養主義的で、選民意識が高い」という。30代後半~40代くらいの「第2世代」は「第1世代の意識を引き継ぎながら、映像ソフトなどをコレクトする」。「第3世代」は20代後半~30代前半で「教養主義が薄れてきた」と延べ、「第4世代」はコミュニケーションの材料などとして自らアピールする、という。これ、よくよく考えると、定義そのものを変えているだけ、といえるのである。
というのは、第1世代、第2世代辺りについては、「博識」だの「教養主義」だの、ある意味、第3者的に「オタクか否か」と決められると述べている。一方、第4世代は本人が「オタク」と宣言すればオタクとなる。どちらが正しくて、どちらが間違っている、じゃなくて、全く違う定義で語っているだけじゃないか、ということ。例えば、「博識で教養主義」というのが定義だとすれば、自分で「オタク」と思っても「オタクじゃない」ということになるし、逆に「自分がオタク」と思えば「オタク」と言うのなら、昔だって博識でも教養主義的でもない「オタク」は沢山いたのではないか、と思えるのだ(いや、昔は、オタクバッシングなどが激しかったから宣言する人はいないだろう、という反論があるかも知れない。しかし、別に詳しくないが、アニメなどを楽しんでいる、というだけで「自分はオタクだ」と思って悩んだ人もいるだろう。そういうのも「オタク」にカウントするべきではないのだろうか?) ちなみに、この従来の「オタク」についての根拠はほぼ皆無。ほぼ、と書いたのは、第1世代についてはガイナックス発起人の一人である高橋信之氏が「自分達はこうだった」と言っているところがあるから。ただ、この高橋氏の主張が一般化できるのかは甚だ疑問である。そして、それ以降は全く根拠を示すことなく「この世代はこう」と断言するに留まっている(ちなみに、後半の章で、オタクのコミュニケーション能力云々について著者は語っているが、本書で引用される限りでは、高橋氏は、その辺りについて語っていない。また、現在のオタクについても、博報堂の若者研なるグループに所属している極めて特殊な若者の体験談が綴られているだけで一般化できる保証は一切ない。
著者の書というのは、過去に読んだ『ヤンキー経済』『女子力男子』もそうなのだが、「ヤンキー」「女子力」なる、何となくイメージはあるけど定義がない言葉を、その定義のないことをいいことに好き勝手に拡大解釈し、従来、そのような言葉に括られることのない存在にまでレッテルを貼って「今の○○は、昔とは違う」と世代間ギャップを煽るのが芸風である。その意味では、本書も同じといえるだろう。
ただ、その上で言えるのは、本書は、それまでの本ほど話を整理出来ていない、ということ。オタク云々が極めて多岐にわたるのに、第2章の世代論はゲーム・アニメなどについての話が主だし、その後もそればかり。ところが、それを主に語っているのに、突如として、アイドルオタクでは~、とか話を展開するのでゴチャゴチャ。また、第4章で、オタク向けサービスなどと言うのだが、これまで散々、コミュニケーション能力が高い、とか言うのに、ここに来ると「コミュニケーション能力が低いオタク向けに~」とか言い出したりと「矛盾してない?」と思ったりすることも(ついでに言えば、著者の提案は既に存在しているものが多い)
そういう意味で、これまでの書と同じく、結論ありきのデタラメ分析である。しかも、著者が付け焼刃で何かを語ろうするために、話のまとまりも悪い、という愚書に仕上がった本といえるだろう。

っていうかね……
『鉄腕アトム』のアニメが放映されたのが1963年。ファミコンが発売されたのが1983年。オタクが変化した、じゃなくて、単にそれだけの長い年月を経て、アニメやらゲームが普通の人たちにも浸透しただけじゃないの? という気がする。オタクを構成している人々の変化、とかなら、そんなものよりも、昔から変わらずに存在している鉄道とか、そういうものを題材にしたほうがいいんじゃないのかな?
まぁ、アジテーターでしかない著者に、そんなことを求めても仕方がないのだけど。

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