(書評)マグダラで眠れ8

著者:支倉凍砂



騎士団からの追手が迫る中、クースラらが向かったのは、フェネシスの一族によって一夜にして滅んだとされる旧アッバスの街、町を滅ぼし、空を飛んだ、という伝承について、クースラらは実験を始めるのだが……
前巻、即ち7巻を読んだとき、研究について随分とスムーズに進んだなぁ、という風に感じたのだけど、今回もある意味、それに近いかも。
旧アッバス市街へとやってきたクースラたち。彼らが調べるのは、一夜にして滅んだ、という伝承の中にある「白き者」が「空を飛んだ」という部分。どのようにすれば、空を飛ぶことができるのか? 伝承の中にある描写、さらに錬金術の中で培った知識。それらを元に実権を重ねる中で……
純粋に実験などを重ねる中で、真実に、という流れは前巻と同じ。しかし、今回、その貴重な発見をしたのは、実はフェネシス。実権は成功するし、その後も、というときに現れた騎士団のリーダーとして現れたアイルゼンが放った言葉……
一人で何事かを成し遂げるには限界がある。弟子を作り、情報網を作り、そして、その情報を基に事をなすべき。
白き者を追う、というが、その優れた技術がある。ただ、僻地へ逃げたとしても、その技術、知識があるなら、その存在が記録されていないはずがない。ならば、白き者は滅びたのだ。
何と言うか……前者は、現在の学術の世界の話っぽい。純粋に、知識を得て、そして、真理にたどり着く。それなら、本人だけでなく、弟子などのネットワークを作っての方が効率が良い。これは間違いない指摘だし、また、クースラにすれば、相棒とは名ばかりの実質的には弟子のようまフェエシスの発想で「空を飛ぶ」方法にたどり着いたばかりだから反論もできない。しかし、自身がその発見の場に立ち会いたい、という欲望との対比では、それは受け入れられない……。そんな葛藤へとたどり着く。
一方、後者については、理性で考えると薄々、予感していたこと。しかし、それを指摘されると……
1巻の感想で、「科学が芽生え始めた頃のヨーロッパとかってこうだったんだろうな、と感じる」と書いたのだけど、宗教と世俗の対立、そして、その中で学術の世界にいるクースラが発した、宗教の発想を叩き潰す予想。クースラの成長などを描きつつも、宗教革命、産業革命という世界へと進んでいくための契機という時代の波が感じられた。

No.3981

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