(書評)象は忘れない

著者:柳広司



東日本大震災、その中でも大きな傷跡を残すこととなった原発の問題を中心に描いた短編集。全5編を収録。
著者の作品と言うと、デビュー作である『黄金の灰』などのように歴史上の人物や、名著などを題材にした作品。もしくは、『ジョー・ゲーム』などのようなひっくり返しを売りにした作品という印象。しかし、本作は謎解き要素はない。
1編目『道成寺』。原発の村に育ち、そこで「原発は何重もの防壁が用意されているので安全です」とずっと説明されてきた。人々はそれを信じ、安心してきた。だから、「原発は大丈夫?」という者には嫌悪感すら覚えた。しかし……
ある意味ではサプライズ。しかし、根拠の無い自信であった、というだけの話。その分の後味の悪さが残る。
個人的に、話として「?」と感じたのは3編目の『卒塔婆小町』。漁師である夫と娘、3人で幸せに暮らしていた靖子。しかし、原発事故が全てを奪う。漁に出られない。そして、取れた魚からは高レベルの放射性物質。漁という仕事を奪われた夫は壊れていき、仕方なく娘と東京へ。しかし、そこで待っていたのは優しい言葉をかけられつつも差別される日々。そんな靖子に手を差し伸べたのは……
いや、中盤まで、十分にリアリティのある話。しかし、このオチは……。弱ったとき、あるいは、既に靖子も……。そう解釈は出来るけど、その方向へ走る理由がちょっと理解できなかった。
ミステリっぽさでは、4編目の『善知鳥』。アメリカ軍の人間として、救助活動に参加したハンター。各種の試験でストレス耐性が強いとされた彼だったがPTSDになってしまった。その理由は?
カウンセラーとハンター、2人の会話によってのみ成り立つ物語。その時、何をしていたのか? ハンターのちょっとした言葉の矛盾から、だんだんと真相へと至っていく過程が面白かった。まぁ、人工衛星とかが発達した世界でこの真相は荒唐無稽な気がするが。
そして、最後の『俊寛』。震災から時がたち、仮設住宅での日々も長くなってきた俊寛たち。彼は幼馴染と、地元の祭を復活させることで村の絆を守ることをしていた。しかし、そんな矢先に飛び込んできたのは、避難指示解除。
元は同じ「被害者」だった仲間。しかし、避難指示の解除。それは、長いときを経て廃墟と化した村へ戻れ、という無慈悲な指示に他ならない。そして、その避難指示解除で村へ戻れる(戻される)者と、そうでない者という差別化が出来てしまう……。どちらかと言うと、直後の話があった収録作の中で、このエピソードはまさに、現在進行形で起こりつつある話と言えるのだろう。
……そんなことを書いている2016年4月。今度は九州で大規模な地震が発生した。原発事故などはなかったものの、最後のエピソードのような問題は、ここでも起こりえるのではないか、と感じた。

No.4006

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