(書評)「表現の自由」の守り方

著者:山田太郎



児童ポルノ禁止法、TPP、国連による勧告、青少年健全育成基本法……近年、日本の誇るアニメ、漫画などの表現を規制しかねない動きがしばしば議題となっている。そのような中で、参議院議員として表現の自由を幾度と無く救ってきた著者。それぞれの動きの問題点、そして、著者はどのような形で、規制に繋がらないように動いてきたのか、というのを綴った書。
ということで、国会議員として精力的に活動している著者。コミケに参加している者とすれば、帰りの国際展示場駅の前のターミナルで演説をしている人、ということでも有名かも知れない(笑) 私も参加しているけど、その後の予定とかあって、あまりじっくりと演説が聴けなくてごめんなさい。
内容とすれば、冒頭に書いたように、最近のトピックスについて、こういうものであり、こういう問題がある、という解説。そして、著者はその中で、どのように動いてきたのかの解説となっている。この内容については、本書の中でそれぞれについてわかりやすく解説されているので、ここでわざわざ書かない。どうぞ、読んでください、という感じ。
と、それだけで終わってしまうのは何なので、その上で、本書を読んでいて思うのは、野党議員、それも、こういうと何だけど弱小政党の議員が、何かを為すの必要なこと、というのが解説された書でもあるように思う。様々な情報を整理し、官僚等とのコネを作り、用意周到に外堀を生めて目的に必要な方向へと導いていく。そんな過程が凄く印象的。
「国会というのは与党と野党がイデオロギーをぶつけあって、白黒をつける場ではない」
という著者の言葉があるのだけど、私は、そのような部分があっても良いとは思っている。変な話だけど、国会の論戦と言うのは次の選挙へ向けてのアピールの場、でもあるわけだからね。
ただ、その場合、ある意味で、最初から負け戦をしている、とも言える。だって、国会で多数派になったから与党は与党になったのだから、多数決を取れば負けるに決まっているのだから。そして表現の自由とかは、一度、失われたら取り返しのつかないもの、と言える。そういう、「絶対に守らねばならない」一線をどう少数派が守るべきなのか、それを示しているんじゃないかな? と感じるのだ。そして、その内容は、ある意味、会社の中で、とか、はたまた自分が何かを運営するときに、とかも応用できる、ビジネス書的な意味も持っているのではないかと思う。

というのが、大雑把な私の感想なのだけど、そういう部分とは別に、著者が出した国会でのやりとりの中で思ったことがある。それは、規制を進めようとする側も、自分のやろうとしていることがどういう意味を持つのかわかっていないのではないか? という部分がある、ということ。例えば、45頁で、著者が「小説はOKで、漫画やアニメはなぜダメ?」と質問したのに対し、麻生副大臣は「小説は子供は読まないが、漫画やアニメは子供が読むから」と回答した、というものがある。このことについて、一種の世代間闘争的な部分がある、と著者は言う。これは、その通りだと思う。
ただ、それでも私は、この麻生大臣の発言は不可解だと思う。それは、もしこれが成立していた場合、アニメや漫画は政府が認めた「綺麗な作品のみ」になる。一方、小説は「無法地帯」になる、ということである。そして、その一方で、政府は「子どもの読書活動の推進に関する法律」などを定め、子供に小説などを読みましょうと勧めているわけである。
「小説を子供は読まないから」と無法地帯のままにしながら一方で、「子供に小説などを読ませましょう」というのは矛盾していないか? と思うわけである。
勿論、私はマンガ等を規制し、同時に小説も規制しろ、とは思っていない。ただ、先の発言などを考えると、そういう矛盾とかを考えていない、ということもあるんじゃないか? そういうおを思わずにはいられなかった、ということである。

No.4016

にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村


スポンサーサイト

COMMENT 0