(書評)中高年がキレる理由

著者:榎本博明



近年、公共の場で突如「キレる」中高年男性が増えている。一見、普通で、良識のありそうな男性がそのようなことを起こすケースが目立つのだという。実例を示しながら、その背景に何があるのかを探る書……という説明がついている書。
凄く中身の薄い書だなぁ、というのが何よりもの感想。
まず、「キレる」という言葉の意味が凄く曖昧に議論が進められている、という部分が気になる箇所。前書きにおいて著者は、一般には、突然怒り出す、などをイメージすると思うが、本書では「心のなかに裂け目が生じて、これまで保たれていた秩序が崩れること」を指す事として用いる、としている。これがまずよくわからない。
私自身は、結構、「キレる」という言葉について色々と調べたことがあるのだけど、一般的なイメージにしても、何を持って「キレる」とするのかは極めて曖昧な言葉だ、としか思えなかった。そもそもが、医学用語とか、学術用語とかではなく厳密な定義がないのだから当然である。それを著者は、さらに曖昧にしているのであるから「うーん」となるのは当然。
で、その上で言うと、第2章に辺りの、40代、50代くらいになり、人生の末が見え始めた頃に色々な変化があるよ、という一般論の部分については、その通りだと思う。けれども、それを現代社会などに当てはめるのが物凄く粗雑。
第3章では、社会の変化とか、そういうもので今の中高年層は「こんなはずじゃなかった」と鬱屈した思いを抱えている、というのだけど、感想を一言で言うと、「誰が言っているの?」というだけになる。とにかく、論拠も何も示さず、「こうだ」と言っているだけだもの。終身雇用が前提となっているときに社会へ出て、将来のために若い頃、サービス残業なども続けてきたのに、それは壊れてしまった。しかも、若い世代は当たり前のように有給休暇の消化などを申し出るため、年を取って楽になるどころか、年をとっても同じで、凄く不公平感を覚えている、なんていう話を展開する。ホンマかいな?
少なくとも50代くらいの世代であれば、社会に出たのはバブル時代以前で、正社員になるのは難しくなかった。しかし、バブル後、90年代後半くらいからは「ロスジェネ世代」議論とかが出たように、そもそも正規雇用すらされない、というケースも多くなった。そういう中で、現在の中高年層だけが「不公平感」を覚えるようになって、キレるようになった、ってのは無理がないだろうか? 勿論、意識調査とかでそういう結果が出ている、というのなら、それはそれで良いと思うのだが、「ある50代の男性はこういっている」とか、個別の、何を代表しているのかもわからない人間の個人的見解程度だけで、社会がこうなのだ、というのは無理があるといえるのではないだろうか?
そもそも、私は、中高年がキレるようになった、というのは単なる統計調査のクセではないかと考えている。本書の中でも冒頭、駅員に暴力を加えるケースが、とか言っている訳だけど、同じような数値の変化を示しているのが児童虐待の通報件数。1999年に児童虐待防止法が制定され、十数年で数十倍以上にも激増した。けど、これは現在の親がダメというのではなくて「虐待はダメ」と言う意識が浸透し、問題があると考えれば通報するようになった結果。その結果、親に殺される子供は減っているのである。それと同じように、駅員に対する暴力なども、そういうのがダメ、そういうことが起きたら警察に通報しましょう、ということで暗数が明らかになった結果ではないかと思う。もし、社会の変化で皆がキレやすくなっている、というのであれば警察統計の暴行罪とか傷害罪とかは増えそうなものだけど、むしろ減っているのだし。それに、『昔はよかったと言うけれど』(大倉幸宏著)などの資料を見ると昔のマナーとかが良かったとは到底思えない。
資料とか、そういうことを示すことなく、ただ、俺様がこう思ったからこうだ、という議論の進め方で、内容に納得は出来なかった。

No.4050

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