(書評)18歳選挙世代は日本を変えるか

著者:原田曜平



2016年の参院選より、選挙権が18歳以上へと改正される。新たに有権者となる18歳、19歳の若者の特徴は何なのか? どうすれば投票率があがるのか、を考察した書……らしい。
本書は、第1章でNHKなどの世論調査を中心に18歳、19歳世代が選挙などについてどのような意識を持っているのか、を示し、著者が以前の若者とどう違うのかを語る。第2章で、海外で若者の政治運動がどのような形になっているのかを綴り、第3章ではお馴染みの若者研という特殊な若者集団との座談会。4章で、それを元にした投票率を上げるための方策の提案と言う構成。当たり間の得ように「マイルドヤンキー」「ママっ子男子」などが前提として綴られていて、その意味では、集大成的な意味合いもあるように感じる。なので、、こちらも本書の中身について書きながら、著者の主張に疑問を覚える部分を包括的に書いてみたい。
まず、著者は、最初に「今の若者は昔と全く違った存在」という結論を持っていて、そこから議論を進めている、と言う点。
第1章は、NHKなどが行った意識調査の結果を示しながら話を進めるのだけど、それ以前がこうだったには根拠がないのである。例えば、「今の若者の心配事は就職・結婚」と言うのだけど……いや、それって、昔もそうだったんじゃないの? いや、非正規雇用の増加とか、そういう部分は当然、ある。でも、どんな時代であっても人生の一大事であるそれらを不安を覚えないとは思えない。
また、著者の言葉遊びである「マイルドヤンキー」についてで、今の若者はかつてのそれと違い、出来れば地元に残りたいという意識が高くなっている、については客観的な根拠一切なし。著者がインタビューをした、という個別例を一般化しているだけである。個人的な意見っていうのは、いくら積み重ねても一般化できない。なぜなら、そういうインタビューに応じる、という時点で特殊な人間なのだから。だからこそ、ちゃんとした理論に基づいたサンプリングに基づく調査が必要なのだが、そういうことをせず、粗雑に一般化してしまう、という問題が分かる。
そのことは、若者研という特殊な若者集団との座談会を見れば一目瞭然。なぜななら、参加者のプロフィールは以下の通り。
17歳~19歳の12名。うち、1人は栃木県出身で現在は寮生活なる謎の17歳。2人の高校生は都内の私立大学付属校(しかも同じ学校)に通う特殊な高校生。残り9人は全員、大学生でなおかつ8人は私立大学。1人の公立大生も含め、全て首都圏の学校に通っている。挙句、恐らく書き方からして9人は首都圏育ち(先の栃木出身者を含む) この時点で凄く偏っているのが分かる。そもそも、博報堂のこういう集まりに参加したいって時点でも偏りは生じるのだから。
そして、そんな若者の意見を取り入れた「若者の投票率を挙げるためのアイデア」は失笑モノ。最低限、公職選挙法のルールと実現性を考えたものを書きなさいよ、と。例えば、若者は日曜も忙しいから、通っている学校で投票できるようにする、ってもの。
ご存知の通り、選挙の区割りは参院選なら都道府県を1つの選挙区に、衆院選ならいくつかの市町村をまとめた形で1つの選挙区を構成している。で、学校で投票を、っていうんだけど……その学校に通っている生徒・学生はどのくらいの自治体から通っているのだろう? つまり、1つの学校の生徒であっても所属する選挙区が何十もある、ということが考えられるわけだ。それを間違いなく、というのは明らかに費用対効果と言う観点で無駄この上ない。それに、「選挙」というのは国政だけではない。地方自治体の議員、首長を選ぶ選挙もある。昨今だと住民投票なんかもある。それを全て学校でやるの? だからといって国政だけ、ってのもおかしな話だろう。
また、今の若者は地縁を大切にする。そして、投票所は学校だから、投票した人は教室などを利用できるようにして、同窓会などを開けばどうか? というのは、その学校に通っている生徒にとって迷惑な話だろう。学校というのは、現役で生徒たちが学んでいる場所。自分が学んでいる教室に休日、全くの赤の他人が踏み込んできて、そこでワイワイ騒ぐ。学校に置いている荷物とか壊されたりするんじゃないか、と怖くてたまらないと思うのだが……。それに、だ。それは若者だけに適用されるの? という問題もある。高齢者だって、同じような形で利用したい、というケースはあるはずだ。そういうのは断るのだろうか? 断れば、若者にとって魅力的だ、ということにはならなくなるだろうし(そもそも、地元に留まって、そこに居続けたいという若者が増えている、という前提もどの程度正しいのか不明)、逆に公的な施設として年齢差別もまたしづらいだろう。
ということを考えると、随分と無茶苦茶な提案だらけなのだ。
最初に本書を「集大成的」と書いたが、著者の本の問題点が全て詰まっている、という意味でも『集大成的」と言えよう。

No.4100

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