(書評)壁の男

著者:貫井徳郎



北関東のある町が話題になっている。それは、家々の壁に、子供の落書きのような絵が描かれているからだ。決して上手い、とはいいがたいが、しかし、鮮やかで力強いその絵は、伊苅という寡黙な男が描いていったものであった。ノンフィクションライターの私は、彼の人生を取材し始めるが……
読み終わって、これミステリ作品じゃないよね? と変に深読みしてしまった(笑) そうしたら、著者のサイトで、著者自身がノンミステリーと書いていて素直に受け取っていいんだな、と安心した(笑)
物語は、各章冒頭に、ノンフィクションライターが、伊苅について取材を始めるエピソードが挿入され、そのテーマについての伊苅の過去の物語が描かれる、という構成。伊苅が、実際に町の家々に絵を書くようになっていく過程。その過去にあった出来事。娘の死、離婚した妻のこと、美術教師であった母と、その母に不満をぶつけていた父のこと……。ある意味では、伊苅のルーツを辿る物語と言えるのだろう。
なんか、トリックとか、そういうのがない分、逆に感想が書きづらい。こういう言い方は何だけど、各エピソードの出来事は1つ1つは決して、波乱万丈でも何でもない。妻となった人がちょっと特殊な人間性を持っていた、とか、母親が多少、名を知られるようになる画家とか、そういうのはある。でも、じゃあ、そんなに極めつけに特殊なのか? と言えば、そんなこともない。でも、だからこそ、それぞれが積み重なって……という気がする。
例えば、両親の話。絵画展で入賞するような母親がいるが、自分に芸術の才能は……。父は、普通の女性だと思って結婚した妻が、画家として自分より上に行くのが面白くない。そんな父が嫌い。しかし、その母に、同級生の絵の上手い少年が弟子入りし、自分もまた父と同じように……。一度は、母の「才能があるから偉いわけじゃない」に救われつつ、しかし、父の「才能のある人の方が偉いと思えてならない」で締められるエピソード。伊苅が絵を描き始めたきっかけを考えると、彼自身も完全に母の言葉を受け入れていたわけではないのではないか? という思いがする。
その一方で、娘の話、妻の話。そこで描かれるのは、文字通り、大切なものが突如として消えてしまう経験。そして、最後のエピソードで綴られるものは、その中で唯一の繋がりなのか、ということ……
あまり著者自身のプライベートな話とかを交えて考えるのは良くないことなのだろうけど、著者の奥様の病なんていうのも影響しているだろうし、また、過去の著者の作品のテーマと共通するな、と感じる部分もある。そういう最近の著者のテーマとか、出来事とか、そういうのを交えて、敢えてミステリとしての驚きとかではない部分で勝負してみた作品、ということなのかな? と感じる。

No.4188

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