(書評)私のサイクロプス

著者:山白朝子



旅に出ては道に迷う旅本作家・和泉蝋庵。そんな彼について旅をする耳彦、輪。そんな彼らが出会う不可思議な日々を描いた連作短編集、第2作。
前作から少し時間が経過したためか、旅本の出版元の娘・輪が参加する形になり人間関係が少し変化している感じ。
まずは1編目の表題作。蝋庵、耳彦と逸れ、一つ目の巨人と出会った輪。輪のことを「おっかあ」と呼び懐いてきた巨人を「大太郎」と名づける。製鉄が得意な彼を麓の村に溶け込ませようとするのだが……。
何か、こういうと何だけど文字通り、昔話的な話。決して悪事を働くわけではなく、優しい巨人。しかし、人々はそれを恐れ迫害する。そして……。導入編としては、こういうのがいいのかな、とは思う。
3編目の『四角い頭蓋骨と子どもたち』。四角いしゃれこうべの骨が多くある村。僧侶は、村の忌まわしき歴史を語り始める……。5編目の『河童の里』。蝋庵たちが訪れたのは河童が出ると評判の里。案内役の男に案内された沼で、確かに河童らしきものが現れて……
どちらも、結構、グロい真相が物語の裏にある。ただ、貧しい村社会で、その貧しさから救われることを目的として行われたこと。そして、こういうと何だけど、人権意識とか、そういうものがなかった時代だからこそ出来たことじゃないかと思う。でも……その場面を想像するだけで……ねえ?
普通の怪談っぽく感じたのが、『阿々の家』。蝋庵らとはぐれた耳彦が訪れたのは男、子供、女がいる家。耳彦が参加することになって始まったのは怖い話を語り合う会。それぞれ、気色悪い話を披露する3人。しかも、それらは耳彦の知らない共通の知り合いなどを指している様子も見える。そんな話は一旦は、こうだ、といわれるものの……。挙げて落とす。シンプルだからこその、嫌さが感じられる。
前作『エムブリヲ奇譚』では、実は蝋庵にはこんな力が、というエピソードで締められた。対して本作でも、蝋庵はこんな存在である、というのを匂わせて終わる。ただ、前作ほどはっきりした形ではないので、あくまでも匂わせただけ。……とすると、第3作もあるのかな?

No.4232

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