(書評)まんざいせんか

著者:宮来あじ



漫才師であった父の七回忌。和泉穂高は、父の活動拠点であった演芸場「漫才千花」を訪れる。そこで出会ったのは、魔法のステッキを振るう少女・月城憩。父の相方の娘である憩は誘う。「わたしと、漫才を、しませんか?」 父のせいで苦労をしてきた穂高は、誘いを断るのだが……
え~っと……こういう言い方をすると何だけど……
ふつ~!
いや、父親の影響で、常にボケをかます母親。そんな環境で育った結果、思わずのツッコミ体質となってしまった穂高。勿論、彼自身はそんな体質が恨めしい。そんな中、憩は穂高を漫才に誘い、しかも、天然ボケなところもあり、普段のやり取りは漫才そのものとなり、周囲からもそんな関係であると認識されてしまう。そして、いろいろとありつつ、彼が入ることとなった地域振興委員会の活動の1つとして、憩と漫才をすることになってしまう……
なんというか……リーダビリティとか、テンポとか、そういうのはしっかりとしているし、掛け合いとかも漫才っぽくて、これはこれでいいと思う。決して悪い出来とはいえない。
ただ……話の流し方とかは、どっかで見たような流れと感じるんだよな……
ツッコミ体質が嫌で漫才なんか、という序盤。でも、それに取り組むようになったら、憩には極度のあがり症があると判明し、その克服をいろいろと工夫する中盤。そして、そんな中で父のことを直視せざるを得ない形になる後半。その上での漫才大会本番……。何か、どこかでこんな流れの話、みたことあるでしょ? 勿論、ツボを抑えている、という言い方も出来るのだろうけど、テンプレート通り、という感じもしてしまう。まぁ、主人公の穂高と、ヒロインの憩。主人公の母親とか、地域振興委員会の面々とかはいるんだけど、あくまでも脇役で、物語としては、完全に二人の物語というのもちょっと幅を狭めた感はある(これは、分量の問題もあるかな?)
悪い作品ではない。ただ、単独で見て、コレといった印象も残らないかな? という感じ。もうちょっと分量があればいろいろと広げられたのかな?
……と書いて、京アニが映像化したら脇役とかが増えていそう、とは思う。

No.4233

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