(書評)我ら荒野の七重奏

著者:加納朋子



兄のように慕う秀一の出演する私立中学の定期演奏会。それを見た息子・陽介は、その学校、そして、秀一が演奏していたトランペットに憧れ、秀一と同じ中学を受験することに。それが母・山田陽子の新たなる奮闘記の序奏になって……
ということで、『七人の敵がいる』の続編となる物語。
前回は、PTAを巡ってのあれやこれや、というのが作品のキーになっていたのだけど、本作は部活動と親の関係。
と書いたのだけど、冒頭に書いた自分流の粗筋だと、そこが伝わりづらいので、第1章のネタバレでいうと……第1章は、陽介の中学受験を巡るあれやこれ。それまで、ずっと公立中学で、と思っていた陽子。しかし、陽介がすっかり兄のような存在である秀一の演奏が気に入ったことから小五から急遽、中学受験をすることに。私立中学を受験するにはハッキリと出遅れた状態からのスタート。しかも、担任からははっきりと、中学受験をするからと言って特別な配慮はしないといわれて……。結末から言えば、受験には失敗してしまう。そして、そこから今度は、地元の公立中学の吹奏楽部でのあれやこれへと話が進んでいく……
前作の感想を、というと何だけど、前作というのは非常に、問題提起という意味で優れた作品であったと思う。どこの学校にでもあるPTA。しかし、その組織は旧態依然とした慣習が横行しており、様々な不合理、非効率的なものがたくさんある。そのような中で、ある意味、自らトラブルを招いているとはいえ、キャリアウーマンとして活躍している陽子の強引かもしれないけど、その状況を打ち破っていく様は一種の清々しさを感じさせる物語だった。そして、本作……
陽子の感覚ではないけど、前作の小学校という舞台と違い、ある程度、自分でいろいろと決めることの出来る中学校だから……と思っていたら、これはこれで親が何やらかんやらとやらされる、という現実がある。しかも、中学校の部活動、というけどそれに対して、親が求めるものが異なっているが故のアレコレ。これは絶対にあるな、という共感を持つことが出来た。自分自身は、全く無関係だったし、高校の話ではあるのだけど、自分の通っていた高校のある部活は、当時、関東大会出場は当然、全国大会にも数年に一度程度は出場というもので、故にOB会とか、そういうのがやたらと口出ししていた、というのは当時から知っていたから。当然、そこには旧態依然としたシステムとか、そういうのは存在しているだろうことは想像に難くない。それを、という陽子のアレコレは確かにスカッとする部分があった。今回、親たちのアレコレとい鬩ぎ合いの中で、調整役として振り回される東京子さんの苦悩は、心の底から共感することができた。
ただ……
正直、前作ほどには入り込むことができなかった、というのがある。
というのは、何よりも言えるのは、私が、部活動というのは社会的害悪であり、今すぐ全面禁止すべき悪習だとしか思っていない人間だから、というのが大きいだろう。と、同時に、自分とは別世界の出来事だな、と感じられてしまったから、というのが大きい。
私はド田舎の公立小学校から高校まで(事実上)エスカレーター式で進んだ人間である。小学校は学年十数人、中学も50人程度の学校であり、部活動は一切やりたくない運動部に強制加入。陽介のように、試合だから、と盛り上がるどころか、「試合=休みが潰される」という嫌悪感しか抱けなかった。そういう人間としては、「望んで加入したのだから」という気持ちが出てしまう。勿論、親の立場なら、というのはあるだろうけど……自分は親じゃないからなぁ……。物語の序盤、陽介が希望するトランペットになれなかった、というのに陽子が抗議する、というシーンでちょっと引いてしまった。実力とか、人数とかで別のパートに、というのはどこにでもあるわけで、それに抗議するのは、流石にどうか、という風に思えたので(例えば、野球部に入って、子供は投手を希望していたけど、外野手に、といわれたから抗議したら、それはどうか、っていう風に思える)
そして、個人的にもう1つ、気になったのが、親視点での話に収束してしまったのも大きい。勿論、陽子視点なら当然だろう。でも、教師だって無理矢理に顧問をさせられ、練習のためにプライベートをつぶされ……っていう現実がある。私の親戚、友人にも教員はいるけど、部活動に翻弄されているのを知っている。せっかく、この題材を扱っているのに、そこを扱わないのはもったいない、とどうしても思うのだ。ぶっちゃけ、陽子のやっていることが、前作とあまり変わっていない、というとあわせて。
いや、単独の作品として、決して悪い作品ではない。でも、テーマがテーマなだけに、「ここも書いてほしい」というのが先だって、ちょっとキツい評価になってしまう。

No.4271


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