(書評)まるで人だな、ルーシー

著者:零真似



第21回秋・スニーカー大賞優秀賞受賞作。
普段とちょっと異なったパターンで感想を書いてみることにした。というのは、これ、どういう風に感想を書けば良いのか、と迷う作品。
悲しみ、打算、キスのうまさ……自らを構成する要素を代償として、願いをかなえ、人々を救っている人身御供の御剣乃音。そんな彼が代償を払う相手は、エキセントリックボックスであり、幼女の姿をしたスクランブル。1分間の「神代タイム」に願いをかなえる代わりに、ランダムで選ばれた代償を御剣が失う。そして、それを目撃した者の記憶からも御剣は消えてしまう。一方、スクランブルは御剣が失った要素を持ち、人間らしさを増していく……
ある意味、この作品って「人間らしさ」「人間性」そういうものは何なのか? というのをテーマにしているのかな? と感じた。
先に書いたように、願いをかなえるごとに自らを自らとする要素を失っていく乃音。最初に失ったのが打算。故に、その後は、目の前に困った人がいると、打算なく願いを行使して自らを失っていく。しかし、そんな彼だが、無意識のうちに他人と出会う可能性の低い場所にばかり行ってしまう。それは、なぜか? そして、愛情というものを失った乃音の変化。そんな乃音と同じく、人身御供である氷室。しかし、彼は、ランダムの代償の違いから、乃音のような存在になりたいを願いながら、全く違う道を歩みだす。一方、元々はただ言われるがままに乃音の要素を奪い、願いをかなえてきたスクランブル。しかし、要素を得るにしたがって、その行動にも変化が表れて……
最終的な結末とかも色々と示唆しているのだけど、何よりも、このそれぞれの変化を見ていると、何がその人をその人たらしめるのか、って深いテーマだな、と感じる、
変な話、例えば、私、たこやきという人間から、「ブログ(ブロガー)」という要素を奪ったらどうなるだろうか? 別に私はブログで利益を得ているわけではないから(アフィリエイトでたま~に、500円くらい入ったりする程度)、やめたからと言って生活に困窮することはない。でも、その要素がなくなったらブログを通じて知り合った人たちとの交流というものはなくなっていただろう。コミケへのサークル参加とかもなかったかもしれない。……と考えていくと、やっぱり大きな違いであるし、コミケ参加などを他の形で辻褄合わせをしたとしても、それは全く違う経歴が作られてしまうわけで……
その一方で、感情という存在。他者に対する愛情であり、優しさであり、場合によっては怒りであり、嫉妬であり……。それがあるからこそ、自分の使命すら放棄しようとしてしまうこともある。そして……
愛情とは失ったら戻らないものなのか?
書評っつーよりも、完全な読書感想文になってしまった(笑)

No.4318


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