(書評)無貌の神

著者:恒川光太郎



6編の物語を収録した短編集。
結構、色々なパターンの作品が収録しているのだけれども、個人的な印象としては、「時代の変遷」と、そこに住まう怪異という話が多くあるように感じる。
例えば、江戸時代から明治への時代の中での物語を綴った『青天狗の乱』。長らく、幕府の流刑地であった伊豆の島々。その伊豆の島で、天狗の面をつけたものによる凶悪事件が頻発した……。面の魔力とか、そういう話はあるものの、時代の変遷という歴史のうねり。その中で一つ憶測は立つものの……。ファンタジー的な設定、ともいえるしそうとも言えない。そのような雰囲気が何とも印象的。
幼いころから、物事を深く考えず、雰囲気に流されやすいため「阿呆女」と言われてきたフジ。そんな彼女が、時影という男と出会い、彼の指示に従い、次々と人を殺していく『死神と旅する女』。77人を殺したら解放してやる。言われるがままに次々と人を殺していったフジ。しかし、残りわずか、というところで命じられた少女と会話をしたことで、その意思は揺らぎ、それでも何とか……。そこで知る真実。
何も考えずにやっていたことが、実は歴史に大きな影響を与えていた。そういうのは、小説などでよく扱われる題材ではある。しかし、この作品の面白いのは、「何も考えないからこそ」それが出来た、という面。そして、一応、不幸な方向ではないはずなのに後悔が残る、という点。社会そのものと個人、これを比較すること自体が無意味な問いであることはわかるのだけど、フジ自身の変化も含めて対照的な部分が強く印象に残る。
人間の言葉を理解し、喋ることができるトラのカイムルと、彼の主人となった王女ラートリーを描く『カイムルとラートリー』。ある意味、異能力の限界とか、そういうものを題材にしているのかな? と。人語を理解し、決して襲わないと忠節を誓いつつ、「化け物」として嫌われるカイムル。千里眼の力を持ち、それを王に知らせることができるが、しかし……というラートリー。誠心誠意、従っても、人は見た眼で物事を判断してしまう。人は、危機だと言われても経験則に従って判断を下しがちで、その危機は伝わらない。その矛盾の中に置かれることとなる二人(一人と一匹) そんな二人が出会ったからこそ、終盤の決意ができたのかな? すごく表面的な文章を書いているけど、そんなことを思う。

No.4350


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