(書評)室町無頼

著者:垣根涼介



応仁の乱前夜の京。牢人の子として蔑まれて育った才蔵は、用心棒をしているところ、強盗の狩猟であった骨皮道賢に拾われる。道賢から、その知人・兵衛へと身柄を移された才蔵は、棒術の修行へと出されるのだが……
『光秀の定理』に続く、著者の歴史小説というか、時代小説第2作。
その『光秀の定理』の感想を私は「風変わりな一冊」と紹介したのだけど、本作もそういう部分が多い。
物語の構成からいうと、冒頭に書いた通り、用心棒をしていた才蔵が、道賢、兵衛へと受け渡されたうえで、棒術の修行へと出される。そして、その過酷な修行が終わった時点で物語が半分以上終わっている、というかなり変わった構成。そして、そんな修行を終えた才蔵は、兵衛のある企みの要として起用されることに……
この作品、道賢、兵衛の生きざまとか、そういうところが見どころ、っていう意見は当然にあると思う。勿論、それは見どころだと思う。
でも、個人的にはそれ以上に、室町幕府、応仁の乱前夜の、この上なく淀み切った時代の風景こそが主役なのではないかと思えてならない。
役人方の立場で、京の治安を維持する立場である道賢。しかし、三百人からの配下を従え、彼らを食わせるためには、幕府からの金では到底足りない。故に、押し込み強盗のまねごとをしたり、という立場とは逆のことをすることもしばしば。その状況を何よりも苦々しく思うのが彼自身。故に、矜持をもつ。
一方の兵衛は、文字通り、何をする、というわけではない人物。借金の利息についての交渉をしたり、時に強盗を働いたり、と文字通り無頼そのものの日々。そんな中で、なぜか金銭に拘らず、多くの人々と接する。彼もまた、幕府という立場から一歩引いた立場だからこそ、その社会の矛盾点を見ることが出来る存在。そして、才蔵を鍛えることで彼が行おうとするのは……
まぁ、謎解きをするような作品ではないので、ネタバラシしてしまうと、兵衛が行おうとしていたのは一揆。ただし、ただ無策に行うのではなく、自らの身を犠牲にしてでも、策を講じ、「このように戦えば、押しつぶされるだけの一揆にはならない」という道を示すための一揆。そのために、自らの名を売り、武芸物を揃えて蜂起する……。才蔵がこの作品では、主人公的な立ち位置ではあるのだけど、彼が中心になって物語を動かすのではなくて、彼を記録者にしている、という風に言えると思う。
もはや末期ともいえる室町幕府の状況。人々も当然、その状況に不満を抱いている。けれども、どうそれに抗えばよいのかわからない。そもそも、不満はあっても、仕方がない、という定款すらある。そこへ道を示すのが兵衛であり、道賢。彼らと出会うことで、才蔵自身も意識に変化が訪れているし、同様のことは周囲の人々にも言えたのではないかと思う。
そうやって考えると、才蔵は記録係だし、兵衛や道賢はプレイヤー。そんな中で変わろうとしている世の空気感が主人公ではないか、と思えてくるわけである。

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  •  室町無頼/垣根 涼介
  • 垣根涼介さんの「室町無頼」を読み終えました。 著者の歴史小説は、「光秀の定理」に続いての2作目です。「光秀の定理」は面白いんだけれど、垣根作品としてはもう1つといった感じでした。 しかし、この作品は文句なしで楽しめる作品でした! 物語の舞台は、室町時代の末期。才蔵の父は、主を失い牢人となった元侍です。際だった才もなく、頼りとなる縁者もないため、とある村の雑役をして命をつないでい...
  • 2017.05.04 (Thu) 16:06 | 日々の記録