(書評)部活があぶない

著者:島沢優子



子供の自主性などを育む場として位置づけられている部活動。しかし、近年、部活動の最中の事故、暴力などに注目が集まり「ブラック部活」などという言葉も現れるようになっている。また、顧問をする教員の側も、部活動に追われ様々な業務、生活にまで支障が出ている。「ブラック部活」という名前を広めた著者が、その実態、そして、部活のあるべき姿を提案する書。
最近は、名古屋大准教授の内田良氏らが積極的に問題提起をしている部活動の問題について綴った書。
まず、部活動の良いところを記したのちに、学校教育における部活動の位置づけについてのおさらい。その上で、部活動の問題点について指摘し、その背景に何があるのかを考察し、そこからどう子供を守るのか? そして、部活動のあるべき姿について提案する、という構成。
本書の中で指摘される事件・事故の事例、その背景などは色々と考えさせられるところである。
具体的な事故の事例などは読んでください、ということにするが、例えば、部活動がブラック化する背景として、本来は被害者となるはずの子供の保護者がそれを望んでいる、という指摘はその通りだろう。本書でも出ているが、桜宮高校で暴力などをふるい、生徒を自殺に追い込んだ教員。しかし、事件の発覚後、そのOBや保護者から「寛大な処置を」という署名が大量に集まったのは記憶に新しい。そこには、厳しい指導(暴力などを伴っても)、という人々の意識などがある、というのはその通りだと思う。
また、部活動を良くするために、として提案されている外部指導員。けれども、部活の顧問がボランティアでやっているように外部指導員も給与が出るとしても雀の涙ほど。しかも、単年契約のため、結果が伴わなければ契約を更新してもらえない、という恐怖が常に支配する。結果、手っ取り早く成績をあげるために暴力などに頼るようになる可能性がある、というのも納得できるところ。そういう点で読んでいて納得できるところは多々ある。
ただ、その一方で、個別の事例はともかく、全体としてデータなどが出てこないので、感覚論的に感じるところがあるのは気になるところ。例えば、暴力とか、厳しい練習をすれば強くなるわけではない。それは思い込みだ、という。ならば、第1章でいう、部活動の良い点、も本当にそうなのか? とか思えてしまう。礼儀正しくなるとか、そういうのも思い込みかも知れないじゃないか、と思ってしまうのだ。
また、部活動により、生徒だけでなく教員も、というのに、終盤の「あるべき姿」では、あまり教員側の負担減については考えられていない。練習時間に制限を設ける、とかは、多少、教員の負担減にはつながるだろう。でも、そもそも、教員の職務に定められていないのにやることが当たり前になっていて、賃金などは出ない、っていうのは労働問題としてもおかしいはず。そこを放置されても……と思うわけだ。
それに、私自身の考えから言えば、著者が言う「部活動はうまく機能すれば、金銭の負担などをほとんどすることなく、様々な体験などができる場」という前提となる認識にも疑問を持っていたりする。それができるのは、ちゃんとその活動ができる場があって、適切な指導ができる指導者がいて初めて可能になることではないのだろうか? 教員の事例で出てくる「競技経験どころか、ルールすら知らない」教員が顧問にされてしまう、というような現状でそれができているかは甚だ疑問である。しかも、中学、高校などの多くは公立校。その教員というのは数年程度でほかの学校に異動することとなる。その異動の基準は、基本的には教える科目などで、だろう。となると、現在はよくても……となってくるわけだ。それを何とかする方策を見つけないと実効性はないだろう。私の考えとしては、まずは一度、部活動というものを廃止してしまう、というのも一つの方策じゃないかと思っているのだが……
事例についてはいろいろと参考になるところがある。ただ、提案などはちょっと理想論過ぎるんじゃないか、という気がしてならない。

No.4489

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