(書評)いまさら翼といわれても

著者:米澤穂信



古典部シリーズ第6作の短編集。全6編を収録。
このシリーズも久々だなぁ、と思って調べたら、『二人の距離の概算』を読んだのが2010年。実に7年ぶりっていうことになる。ただ、初出を見ると、08年のものもあったりして、かなり時期の異なる作品が含まれているんだな、というのを感じる。
謎解き、という点で印象深かったのは1編目『箱の中の欠落』。生徒会役員選挙において、各候補者の得票数を合計すると、票数がなぜか増えていた。欠席や棄権などにより、投票数が減っているのであればわからないでもない。しかし、なぜ増えるのか? しかも、その増えた票数は40票近くも……
選挙管理委員会の管理下で、投票用紙もそれ用に準備されたもの。クラスごとに集められた投票用紙で、もし、1つのクラスで40票も増えていれば、明らかにおかしいと判明するはず。一方、各クラスで数票ずつ、としても、今度は大量の協力者が必要となってしまう。となれば? 学校の中の生徒会役員選挙、というある意味、柔らかい話になるのだろうけど、例えば、制度として完璧なセキュリティということを謳った会社での情報漏洩事件などでも、実は現場での運用などには穴があって……ということがしばしばある。そんなテーマを感じる。
後味の悪さ、という意味では2編目の『鏡には映らない』。奉太郎が周囲から嫌われる原因となった中学の卒業制作。美術が得意な生徒がデザインを施した鏡の飾り。しかし、奉太郎は面倒くさい、として、勝手にデザインを簡略化してしまった。しかし、奉太郎は一生懸命、というタイプではない。でも、だからといって……。結果、摩耶花が知ったのは……。
学校という密室空間故の人間関係。その中の悪意。そして、それは記念品という形でも……。それに気づいて、自らを悪役にしてそれを防いだ奉太郎。ここだけ見ると、『やはり俺の青春ラブコメは間違っている』(渡航著)とかにも通じるものを感じる。
同じく摩耶花が語り部の『わたしたちの伝説の一冊』。『クドリャフカの順番』などでも、漫研のゴタゴタは描かれていたわけだけど、漫画を描きたい部員と、読むことを目的とする部員の対立。その中で、部費を使い、漫画の同人誌を描こう、という側に誘われる摩耶花だが……。個人的に、そもそも、私は部活とか、そういうものが嫌いなのだけど、例えばチームスポーツである野球とかサッカーとかであっても、部活をどういうものにするのかを巡って起こるであろう諍い。まして、個人でもできる漫画の執筆。しかし、だからこそ摩耶花のように自分で努力できる存在は異物にもなってしまう。こっちも、そんな中での後味はほろ苦い。
そして、6編目の表題作。合唱コンクールを前に失踪してしまったえる。彼女は一体どこに? そして、なぜ?
優しさ、というのがときに凶器になることも。幼いころから植え付けられた価値観。こうすべき、という定められた進路。それはある意味で、自らを縛る足かせとなる。でも、じゃあ、いきなり、となったら……? その辺りの匙加減の難しさ、っていうのを思わずにはいられない。
……ただ、久々すぎてえるの設定とか、そういうのを忘れていたことは秘密(笑)

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