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(書評)校舎五階の天才たち

著者:神宮司つかさ



東校三人の天才の一人、篠崎が自殺した。そんな篠崎から、来光福音へと手紙が届く。「僕を殺した犯人を見つけてほしい。犯人は東高の人間です」 そんな手紙に導かれ、福音は「人の心を読むことが出来る」と言われる三人の天才の一人・加藤沙耶夏とともに、その死の謎について調べ始めるが……。
元々、特に仲が良かったわけではない篠崎と福音。なぜ、篠崎は福音に手紙を出したのか? そして、同じように手紙が届いたことでともに調査をすることとなった加藤。まったく見ている世界が異なり、しかも、歯に衣着せぬ物言いでトラブルなども起こす加藤とのやり取りにも苦労する。しかし、そんなやり取りをしながらもわかってきた篠崎の過去、その手紙の真意……
天才、って一体、何なのだろう?
ある意味でテーマに該当しているし、ある意味、テーマから離れた部分かも知れないけど、そんなことを思わずにいられなかった
こういうと何だけど、作中で出てくる「天才」っていうものに「天才」性をあまり感じられなかった。いや、学内での成績では飛びぬけており、抜群の成績を誇っている、ということは示されている。でも、それって秀才であって、天才なのかな? と思えてならない。
いや、勿論、学力レベルがあまりに違うと、会話とかにも参加できないし、とか、そういうのはあると思う。また、篠崎が悩んでいた「天才ではなくなるとき」への恐れ、なんていうものもあるのだろう、という風にも思う。ただ、それがあまりにもこの作品の場合、極端すぎないかな? と思えて……。というのも、篠崎の真実が明かされ、そこでクローズアップされるもう一人の天才・渡部との関係。そのことが判明したからと言って、失望されたりするものなのかな? 経緯はともあれ、同じ地平線に立っているのは事実だし、そもそも「天才とはこうでなければならない」なんてことはないと思うのに……。まぁ、それが高校生くらいの視野の狭さ、といえばそうなのかもしれないけれども……
ただ、その手紙の真相。すべてが篠崎に振り回されていただけ、と判明するわけだけど……それはそれで、やっぱり天才だった、ということなのだろうか?
これは天才なのか? という想いを抱かせながら、しかし、その天才とは何か? ということについてずっと考えながらの読了だった。

No.4527

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