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(書評)犯罪者

著者:太田愛





「逃げろ。あと十日生き延びれば助かる」 白昼の駅前広場で起きた通り魔事件。その事件に巻き込まれ、ただ一人生き延びた少年・修司は、搬送された病院で奇妙な男に告げられる。直後、何者かに再び襲撃される修司。修司は、彼を救ったはぐれ者の刑事・相馬、相馬の友人でライターの鑓水とともに、なぜ、自分が狙われるのか探り始めて……
著者は、ドラマ『相棒』などの脚本を手掛けている人物で、これが小説家としてのデビュー作。小説として、勿論、面白いのだけど、話の方向性の転換とか、そういうのは著者が脚本を手掛けた『相棒』の2時間スペシャルのエピソードとかとそっくりだな、というのを感じた。
物語のスタートは冒頭に書いた通り。いきなり通り魔に襲撃される修司。しかし、当初の通り魔事件は、現場の近くで同じ格好をした薬物中毒の男が、その薬物によって死亡しているのが発見され、一応の決着を見る。しかし、襲われた側の感触として、相手が薬物で狂った状態であったとは考えられないし、事実、不可解なところもある。さらに、次なる襲撃まで……。なぜ、自分は襲われるのか? 同じ通り魔事件の被害者も理由があった? そんな謎でまず、物語に引きずり込んでいく。
で、この謎で引っ張るだけでも十分に魅力的な物語ができると思うのだが、その謎というのは意外とあっさりと判明してしまう。実は、、通り魔事件の被害者は全員、同じ時刻に同じ場所にいたことがあった。そして、そこであるものを目撃していた。それは、今、世間を騒がせている奇病に、ある食品メーカーが関わっていること示唆するもの。そして、その食品メーカーを相手に、一人の男が暗躍していることも……
と、話が思わぬ方向へとシフトして、そこで進んでいくのかと思えば、上下巻の上巻が終わった時点で、その暗躍している男の目的も明らかになり、今度は、修司たちが、その男の遺志を継いで……という方向へ。つまり、物語の様相そのものが早い段階で二転三転していく、という形でどこへと向かっていくのか見えないというのが大きな魅力になっている、というわけ。
そのうえで、その中に取り入れられた要素が読者を引き付けてくれる。巨大食品メーカーの起こした不祥事と、それを隠蔽しようとする企業の論理。政界との癒着。その中で、何とかその責任を取るべきだ、という良心ともいうべき男の奮闘。健康被害を受けた側の葛藤。仮に相手が判明したとしても、その訴訟という大きな壁の存在。そういう社会問題的な要素を取り入れながらも、あくまでもエンタメ作品としての部分から外れていないのも長所といえると思う。
まぁ、敢えて欠点を上げるのであれば、多視点で綴る中で、時系列が入り乱れるため「あれ?」と思うことが何度かあること。また、襲撃者たる滝川があまりにもすごすぎる存在で、多少、浮いていると感じられる部分だろうか。そこまで大きな欠点とはいえないにしても。
文庫上下巻で900頁以上の分量がある作品だけど、それだけのボリュームに見合うだけの読み応えのある作品だ、というのは確か。

No.4590&No.4591

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