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(書評)祝葬

著者:久坂部羊



長野の地で代々、医者をしている土岐一族。彼らは、医者の家系でありながら、なぜか短命に終わる者が多い。そんな一族の面々のエピソードを綴った連作短編集。全5編を収録。
毎回書いているけど、著者の作品って、医学の抱えている問題、その限界なんていうがテーマになっていることが多い。ただ、本作は、そうではない話も多かったな、というのがまず第一。
例えば、1編目である表題作。医師である手島は、学生時代の友人・土岐裕介が死んだ、という一報を受ける。つい数か月前、恋人を伴ってのスキー旅行に行き、元気な姿を見たばかりだったのに……。葬儀の場へと向かう中で思い出すのは、学生時代、「自分の家は短命なのだ」と運命論のように語っていた姿。確かに短命ではある。しかし、死因は事故だったり、病だったり、その病もバラバラでただの偶然としか思えなかったのに……
確かに、主人公の手島は医者である。しかし、そこで語られるのは医療の問題ではなく、祐介の諦観とでも言うべきものであり、それが祐介と恋人の出会いにもつながった。しかし……。死に取り憑かれて、そればかりを口にしていたからこそ……の結末が印象的。また、2編目も医療の話というよりも、女の友情、そして、ドロドロの人間関係という部分ばかりが印象残る。
そんなエピソードは、後半に入るとだんだん、著者のいつもの作風へと戻っていく。
3編目の『ミンナ死ヌノダ』。医師会の集まりで、祖父についての逸話を聞かされた覚馬。末期癌の夫を何とか、という夫婦の要望を無駄と知りつつも聞き入れながら、祖父についての記録を探っていくと……。短気で怖い人だった。しかし、同時に医療に熱心な人でもあった。医師会で言われたとんでもないエピソードの元となったようなことはありつつも、それは事実とは違うようだ、ということがわかり、しかし、問題がある治療などもしていたことも判明……。そんな祖父の残した「ミンナ死ヌノダ」という言葉が自分の治療の結果、祖父の足跡から何となく感じられる、という結末はなかなか印象的だった。
4編目の『希望の御旗』については、ある意味、これまでの著者のテーマをストレートに、シニカルに描いた話かな? という風に思う。
そして、5編目。時代が経過し、80代になった1編目の主人公・手島の感じること。医療が発達し、長生きをする、というよりも死ねなくなった時代。健康を意識する、というが、同時に「老い」に対する恐怖感を植え付けられた彼の診る相手たち。そんな中、祐介の兄の存在を思い出して……。天界そのものは予想できるものなのだけど、そのシニカルな部分というよりも、「これで良いのかな?」と思いつつも、しかし、現実がこうなのだから、その中で暮らしていくしかないんだ、という部分の方に比重があるように感じられた。
後半のエピソードは著者の過去作とも似た部分があるだけに、個人的には前半のエピソードが新鮮に感じられた、かな?

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