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(書評)ふりむけばそこにいる 奇譚蒐集家 小泉八雲

著者:久賀理世



19世紀英国。父母を亡くし、一族から疎まれる形で北アイルランドの神学校へ入ることとなったオーランドは、この世の怪を蒐集する少年・パトリオットと出会う。生者を道連れに誘う幽霊列車。砂男と聖母マリアの顕現……。数々の怪異と共にオーランドはパトリックとの友情をはぐくんでいく……
タイトルに小泉八雲とあるから、日本に来てからの話かと思っていたらイギリス時代の話だった。少なくともこの作品時点で、「小泉八雲」ではない。
で、物語は、というと連作短編形式で、オーランドの周辺で起こる不可思議な事件の謎を解く物語。ただ、怪異の存在は前提となっており、その中で、という形になっている。
例えば、寄宿舎に入ることになり、そこで砂男と、聖母マリアが顕現するという2編目の『眠れぬ子らのみる夢は』。このエピソードの場合、同時に2つの事件が起こり、しかも、怪異の存在というのも前提となっている。けれども、その権限というのは、それぞれの人が思っていることが影響している、ということが明らかになり、同時に砂男の正体も……。毎年、寄宿舎生活が始まる時期に発生する、というその現象のもつ意味。家庭を離れ、中にはオーランドのように、一族から疎まれて入ることとなるその宿舎ならでは、という雰囲気が好き。
また、4編目の『誰がために鐘は』は、一番、ホラーっぽい内容。墓地で死者がよみがえる、という噂がある中、墓地に近い下宿で暮らす学生が姿を消した。奇しくも、その学生は、墓地に現れる未亡人と関係があるらしく……。
ある意味では狂気の物語で、同時に因果譚ともいえる物語。未亡人の抱えているものが深く悲しいものであり、そこに付け込んだ学生がいたからこその事件。とにかく学生の側はクズそのものなのだけど、そんなクズさに気づけないまでに未亡人が抱えた哀しみがあったからこそ、というのは印象的。
とにかく、主人公のオーランドをはじめとして、それぞれが孤独さ、何かを喪った存在。そんな存在だからこそ、怪異に近づく。でも、そんな中、オーランドは、パトリックと言う知己を得て、そんな彼との交流を通して向かい合っていく様が心地よい。だんだんと打ち解けていく様子は、両者の会話などからもわかるし、また、そういう存在があるからこそ、飲み込まれそうになっても引きずられずに済んだのだろう、というのもわかるし。
思っていたのとちょっと違っていたのだけど、面白かった。

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