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(書評)純真を歌え、トラヴィアータ

著者:古宮九時



トラウマにより、歌声を失い、プロのソリストの道から脱落した椿。空虚感と共に音大をやめ、入りなおした大学で、椿は一人の男性と出会う。それは、オペラの自主公演を行う「東都大学オペラサークル」の指揮者・黒田……
「挫折」と「再生」の物語。勿論、その通りの物語なのだけど、個人的には二つの世界、とでもいうような部分を強く感じた。
設定は、冒頭に書いた通り。プロの音楽家を目指し、音大の声楽科に入った椿。しかし、そこで彼女のを待っていたのは、自分よりはるかに上を行く人々の存在。練習をしても、練習をしても追いつけない。それどころか、離されるだけ。そんなプレッシャーの中で、歌うことが出来なくなって、大学を退学。まさしく、全てを失ったときに、黒田と出会い……
プロの声楽家を目指していたときには、ただ、その技術を磨くことだけに専念していた。ちょっとしたミスは激しく叱責され、そこでは、ただ、蹴落としあいともいえる生き残りが展開される。椿は、文字通り、蹴落とされた脱落者。しかし、黒田たち、オペラサークルは、文字通り、素人の団体。音楽の技術は勿論、大道具、小道具なども自分で調達せねばならない。練習は当然に厳しい。しかし、全ての人を脱落させず、掬い上げる黒田の方針。そんなもう一つの音楽の世界に入り……
「所詮、素人の団体」
そう蔑むべき存在はいる。でも、音楽との向き合い方、そのものは色々とあってよい。そして、そんな団体を率いる黒田の過去を知り、自分のそれまでと椿自身が向き合うことになって……。どちらが正しい、とか、そういう正解は無いのだろう。でも、黒田、オペラサークルに出会って、自分の過去を振り返って、その椿自身の、ある種、凝り固まった価値観から解放されていく様は、非常に優しいものを感じる。それが、「再生」の物語たる所以なのだろう。
黒田の過去とかの中で、そのまま恋愛方面に、という展開もあり得るのだろうけど、それはあくまでも予感だけ。そんな形でまとめたのも、物語の中心軸がブレず、主題をまっすぐに見据えた物語という印象を強く与える理由であると感じる。

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