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雛口依子の最低な落下とやけくそキャノンボール

著者:呉勝浩



世間を騒がせた無差別銃乱射事件から3年。犯人の妹・葵と被害者の雛口依子は運命的な出会いを果たす。事件のルポを書く、という葵に引きずられ、依子は自らの人生を語りだす……
「何だこれ?」 作品の紹介にはそんな言葉が綴られているのだけど、まさにそんな感じ。
最近の著者の作品というと、『ライオン・ブルー』とか、『白い衝動』とか、どちらかというと暗い、陰湿な光を持った物語、という印象を抱いていたのだけど、本作の場合、確かに黒さ、暗さは秘めつつも、何かカラッとした暗さ、とでもいうのかな? そういうものを感じる。
物語は「現在」、主人公の依子がスクーターで転倒し、上空に投げ出された……というところから始まる。そして、その間に、過去を回顧する、といような形で始まる。家から離れたマンションから転落し、意識不明になっていた兄が突如目覚めた。しかし、その当時の記憶は失い、別人のような言動をするようになっていた、という5年前。借金などもあり、家を手放し、伯父の家で暮らすようになった4年前。そして、葵と出会い、ルポのために自らについて語る1年前。それぞれが繰り返す形で物語が進展していく。
とにかく、読み進めるうちに明らかになってくるのは「異常な世界」とでも言うべきもの。最初は、金持ちである伯父に引き取られての平穏な生活……という感じだと思っていたのが、その伯父の家での日々は、実に狂気に満ちたものだったことが判明する。そして、その一方で、過去を語る1年前の話では、色々と語っているように見えて、何かを隠している依子。それは何なのか? 4年前には現れず、1年前には現れる「おじいちゃん」とは何者なのか? そういうところが、ミステリ作品としての形式をとっているのだけど、それ以上にだんだんと語られていく狂気の世界の印象が色濃くなっていくのが印象的。
で、実は、その中で描かれるのは、依子の成長なのだろう、という感じがする。
伯父の家での異常な生活。しかし、そもそも、そんな生活しか知らない依子にとって、それはごくごく日常的なもの。暴力などありふれていても、それが当たり前だし、むしろ、温かい食事などがあるだけ平穏。色々な制限がつけられる中、彼女が世界とつながっていたのは、オヤジ雑誌の暴力的な小説。そして、そんな日々の中、一人の少女と出会って……
異常が日常。異常であることが本人には気づけない。これって、ある意味で究極の洗脳である。そんな状態から、一本の小説に出会い。それが縁となって一人の少女と交流を持ち……。暴力やら何やらのオンパレードの中で、自分の異常さに気づいて、だんだんと……というのは、こうやって考えてみると、本当に成長物語そのもの、という感じなのである。
カラッとした雰囲気で語られるからこその狂気。その中での依子の成長。明らかに、変な作品という感じなのだが、読んでいるうちに、変な爽快感みたいなものを感じられた。

No.5002

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