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競馬と鉄道 あの”競馬場駅”はこうしてできた

著者:矢野吉彦



近代に輸入され、発展を遂げてきた鉄道と競馬。実は、両者には密接なつながりがある。競馬場へ行くために乗り降りする駅を「競馬場駅」と称し、それを中心とした鉄道と競馬との関係を綴った書。
2018年JRA賞・馬事文化賞受賞作。
著者は、テレビ東京の競馬中継の実況などで、関東ではおなじみのフリーアナウンサー。netkeibaでのコラムなどで、競馬だけでなく、鉄道に関するアレコレを書いていたりするので、「好きなんだろうな」とは思っていたのだけれども……
正直、私は鉄道に関しては殆ど知識がない人間なので、細かな数字とか、そういうものは……っていう部分はある。ただ、それでも、明治などの時代から各地に競馬場が出来、そこに鉄道が接続していく……という歴史の中でのアレコレは素直に興味深く読むことが出来た。
例えば、鉄道が出来始めたことのこと。当時の人びとは職住接近での生活が当たり前。例えば、現在のように、通勤のために毎日、鉄道に乗って家から職場まで……なんていう生活は送っていなかった。そのため、鉄道が開通した、としても乗客を集める、ということに各鉄道会社は苦慮していた。そこで白羽の矢が立ったのはイベント。その中で、馬券が事実上、黙認された状況で盛り上がりつつあった競馬は格好のものであった。何よりも、野球やサッカーなどすら普及する前だったから、というのは「そうか!」という感じ。現在だと、毎日のように開催されているプロ野球とかの方が影響力が、と思うけど、プロ野球の始まり、と言われる「合資会社日本運動協会」設立が1920年。一方、1881年には、明治天皇が競馬を観戦するために横浜まで、特別の列車が走ったなんていう、冒頭のエピソード紹介にまず膝を打った。
で、その競馬場駅設立。様々な競馬場と鉄道駅の話が載っているわけだけど、その中で特に面白かったのは、新潟競馬場のもの。その当時の記事などを元にしたコラムの内容が面白い。馬券が(事実上)解禁されると、その直後くらいには、「競馬観戦ツアー」のようなものが組まれ始まる。その中での(旧)新潟競馬場の設立。いざ、それが開幕! ……となったのだが、その開幕の前日に新潟では大火が! 開幕日は当然遅れてしまったのだが、予定日よりも1日遅くなっただけで開幕。当初は、目論見よりも少ない客しか集まらなかったものの、もし、開幕がもっと遅れていたら? そういう「IF」を感じさせる。しかも、その当時、競馬場駅では色々な大混乱が生じていた。ただでさえ、前日の大火の処理で警察官が多忙な状況なのに、競馬場には多くの人が訪れるため、警備の人間が必要。しかも、「競馬反対!」を掲げる反対派もまた、駅には……。その混沌とした雰囲気、というのが何とも印象に残る。そして、その状況の中で、「競馬反対」の急先鋒の新聞に馬券指南書の広告が載っていた、というしたたかさもまた……
また、競馬場への輸送を巡る第3章も印象に残るところ。競馬場へのアクセスを巡っての、各鉄道会社のアプローチ。特に面白かったのは、東京競馬場を巡っての話。現在の東京競馬場が設立された当初、現在の府中本町駅、府中競馬正門前駅はなく、近隣の各鉄道会社は、「便利さ」をアピールしての客争奪戦が開始された。
私は、以前、西武池袋線沿線に住んでいて、東京競馬場に行く場合、西武戦の秋津駅に行って、JR新秋津駅まで歩いて府中本町へ、ということをしていた。引っ越した現在は、新宿まで行って、京王線に乗り、府中競馬正門前駅まで……。そんな人間としては、立地によるんじゃないの? と思うところだけど、時代の違いなども感じずにはいられなかった。ついでに言うと、第4章の、各鉄道のダイヤなどについての京王線のアレコレも面白かった。
多分、鉄道ファンなら、別の感想も抱けるのだろう。しかし、それは私には……という感じ。
ただ、それでも、競馬の歴史を通して、鉄道関連についての興味を喚起するだけのものがあるのは確かだろう。

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