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まほり

著者:高田大介



大学院の社会学研究科を目指す学部4年生の裕。卒研グループの飲み会に誘われた彼は、そこで一つの都市伝説を耳にする。上州のある村では、二重丸が描かれた紙がいたるところに貼られているという。この紙は何を意味しているのか? 地元に近い場所、ということもあり、裕は幼馴染の香織と共にフィールドワークを開始するのだが、その過程で出会った少年・淳から不穏な噂を聞く……
『図書館の魔女』シリーズの著者の、初の現代もの、ということになるのだけど……
分量もあるのだけど、やっぱりちょっと序盤、物語に入り込むのに時間がかかったかな? 主人公・裕が、他の学生たちに抱いている優越感というか、他の学生たちを見下しているような描写。そして、(ある意味で当然なのだけど)序盤の段階ではどこにどうつながるのかわからない、淳少年視点での描写というのがしばらく続くため。なかなか本題に入っていかない、と言うもどかしさみたいなものを感じた。
で、本格的に物語が動き始めるのは100頁を超えたあたりから。至る場所に貼られている蛇の目模様の意味。淳が話すところの一人の奇妙な少女。裕自身の出自にも関わる「毛利」という苗字と、神社仏閣の所以。さらに、その風習にも繋がる飢饉の凄まじさ。
蛇の目の意味、とか、そういう部分が物語の中核にくる謎、ということになるのだろうけど、むしろ、それについて調べる過程での蘊蓄などの部分こそが、物語の面白さの中心になるのだと思う。昨今はネットなどで様々な資料なども公開されたりするけれども、そこに載っていないものも数多くある。そして、ネットに載った資料と言えども、例えば、漢字の字体などは本来のものと違ってしまっていたりすることも(例えば、「平」という字でも、紙に手書きで残されたものには、点が「八」の字のようになっているようなケースだってある) すると、そこに組まれた意味が見えなくなってしまう、などということも……。勿論、遺された文献などの性格などの違い。さらに、当て字とか、言い換えとか……、さらに宗教と政治の関係とか……
そういうアレコレに関する蘊蓄などが数多く出て、それを一つ一つ解き明かしていく、という面白さが何よりもの本作の魅力なのだと思う。
それを考えたときに、主人公の裕が学生、それもまだ大学の学部生である、という辺りも設定としてうまく機能しているのだろう。作中で描かれる出来事は、どちらかと言うと民俗学のそれ。裕は社会学を志す学部生。ある程度の知識はありつつも、専門家ではなく、未熟な部分も多い。だからこそ、専門家とのやり取りの中で「そうか!」というようなものを読者と共に共感するとか、そういうことができる。この辺りも計算なのだろうな。
蘊蓄とか、そこに纏わる専門用語とか、そういうところと比べると、ちょっと本筋の謎が弱い気もするけど……その頃にはあまり気にならないので、これはこれで良いのかな? と……

No.5377

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