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太平洋食堂

著者:柳広司



「目の前で苦しんでいる人から目を背けることは、どうしてもできん」 1904年、紀州・新宮に王冠のような看板を掲げた「太平洋食堂」が開店した。主人は、「ひげのドクトル」と地元の人々に愛される大石誠之助。アメリカやインド、シンガポールに留学をした経験を持つ大石は、やがて、幸徳秋水らとの交流を持ち……
大逆事件によって処刑された大石誠之助を描いた歴史小説。
……と書いておいて何だが、私自身は大石についてほとんど知らなかった。勿論、大逆事件そのものは知っているけど、「幸徳秋水らが天皇暗殺を企てた」として逮捕され、処刑された事件、という程度。高校時代は世界史だったし……
で、本作、歴史小説ということにはなっているのだが、大石を描きつつも、作中、著者による解説が入ったりするなど、その当時の情勢にタイムスリップする、というよりも、現代からの評価などを加えた形で描かれている。著者が以前に書いた『風神雷神』と物語の形としては同じであると言えよう。
てな感じで、物語の概要について綴ってみたのだけど、本書を読んでいて何よりも思うのは、大石という人物が実に魅力的な人物である、ということだろう。
海外に留学経験があり、社会主義を掲げていた人物、というと何か、頭でっかちのエリートとか、そういう印象になるのだが、本作の大石はさにあらず。医師として、地元の貧しい人々を無料で診察しつつ、その差別などに苛立ちを覚える。かといって、暴力的な革命などを目指すわけではなく、あくまでも目の前の問題の延長で社会の変革を訴える。同時に、人々に西洋料理の作り方を紹介する文章を書いたり、太平洋食堂で料理を振るったりもする(ただし、マナーなどにうるさくて閑古鳥が鳴く) とか、何か、思想家とか言いつつも、小うるさいとか、そういう印象とは異なって感じる。
ただ、その一方で、作中でも何度も言われるように、大石は徹底的なリアリストでもある。社会主義を掲げ、幸徳秋水ら、当時の知識人らと交流を持ちながら、その行動や言動、そして社会情勢を的確に見抜いていく。故に、その思想に賛同しつつも、危うさを感じたりもする。例えば、幸徳秋水の文章。名文家と言われる秋水の文章の巧みさに驚嘆しつつも、しかし、名文故に、それに心酔する若者に危うさを感じたりもする。そんな大石だからこそ、国から監視されても、決して大きな事件を起こそう、というような行動はとらなかったのだが……
勿論、大石の物語だから、という面もあるだろうし、読んでいて贔屓になっていくから、というのもあるだろうが、そんな大石が処刑された、ということについて当時の政府の恐ろしさ、というのを感じる。どう考えても、無理筋での強引なものだし、何よりも何もしていない彼が……と言う感じになる。
社会主義とは何か? そういう話も出てくるし、実際、暴力でとかは論外ともいえる。しかし、その一方で、何も表明できない、表明することで政府などにマークされてしまう、ということの恐ろしさ。それを感じさせる作品だった。

No.5438

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