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それをAIと呼ぶのは無理がある

著者:支倉凍砂



AI技術が発展し、身近なものとなった近未来。そんな時代、AIと共に生まれ育った少年・少女たちの姿を描いた連作短編集。
著者の作品で、近未来的なものを描いた作品と言うと『WORLD END ECONOMiCA』があるのだけど、地球外の世界で、なおかつ株式投機を中心にした物語。それに対して、あくまでもAIが発達した日本と言う感じで、現代と繋がっている話、という印象。
とにかく、現代の感覚、いや、もっと言うなら少なくとも、もう30~40年くらい前からの普遍的な価値観とか、そういうものを踏襲しているのかな? という気さえしてくる。
例えば1話目。文化祭の日、片想いの高階さんに告白しようと思っている浩太。しかし、そう思っていても出来ずにいた。そんな浩太の想いを知っているAIたちは「今こそチャンス」というようなアドバイスをし続けるのだが……。まるで人間のような会話をするが、しかし、そこはAI。あくまでも合理的なアドバイスに終始する。勿論、それはわかっていても……。AIを普通の友人と捉えると、どこにでもありそうな感じの物語。
2話目は、AIが発達し、家庭学習なども当たり前になった中で、不登校を続ける長馴染み・さくらの元へ通う裕彦の物語。成績は抜群で、そのおかげで、普通に進級もできるさくら。しかし……と思う裕彦。そんな中で、さくらは裕彦にある勝負を持ち掛ける……。なんか、この時代だけど、AI、それが作る空気が何か嫌、という裕彦の気持ちがわかるような気もする。自分もスマホを持ちたくないし(今でもガラケー) そんな中で、実はさくらの気持ちは……。結構、現在のスマホとかを巡るアレコレと似ているような気がする。
小春が、後輩であった藤次から、AIの初期化を依頼される5話目。突如、AIがあって当たり前の中、そのAIを初期化する、というのは、それまでのアレコレを全部まっさらにするのと同じ。なぜ、藤次は、そんな依頼をするのか? その原因と呼べるのはおそらく……
2話目の話で、自分はスマホとかを持っていないし、あまり好きじゃない、というのは書いた。でも、PCは使っているし、また、携帯電話も使っている。そして、その中に蓄積されているデータとか、そういうものは生活などに欠かせないもの。それを失う、というのは……。一方で、藤次が消去しようとしたきっかけとなった出来事。何でもAIで出来る。その中に人間の意志とかそういうものはあるのか……。この辺りは、今後、大きなテーマになるんじゃないかな?
そんな中、小春が出した提案。それは一つの答えなのかもしれない。

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