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そして、海の泡になる

著者:葉真中顕



バブル時代、「うみうし様のお告げ」という言葉と共に神がかり的な投資成功で大きな財を築き、しかし、やがて巨額詐欺の末の破産、さらに殺人犯として収監された朝比奈ハル。平成が終わり、新たな時代へ……と言う中、彼女はひっそりと獄死した。その生涯を小説に書こうと思った私は、彼女の関係者へとインタビューを敢行する……
デビュー2作は、社会問題などを描く作品だったけれども、だんだんとブラックジョークみたいな話を書いたり、と作風を広げている著者。本作は、どちらかと言うと、デビュー作、2作目みたいな作風の作品と言えるかな? と感じる。作品のモデルとも言える事件も存在しているし。
物語は、朝比奈ハルの近くにいた関係者のインタビューを重ねる、という形でつづられる。刑務所の中で、ハルの介護をし、その最期のときを共に過ごした女性が、2章に一度の割合で登場し、その他、ハルを知る関係者の証言というものが挟まれる。
ミステリーとしての謎は、ハルが語っていた「うみうし様」とは何なのか? そして、そんなハルが願ったときに起きた関係者の死は何だったのか? と言う部分。その部分にもしっかりと説明は付けられている。でも、それ以上に朝比奈ハルという人物の人間像、そして、時代の空気、というものが印象に残る作品になっていると感じる。
戦中に生まれ、極貧の中、性的虐待などを受けて育ったハル。そして、その後も何かに「縛られて」生きた。だからこそ、自由、ワガママに生きる、ということを渇望し続けた。
この「ワガママ」っていうのが、凄く印象的。普段、生活をしていると、ワガママ、って自分勝手とか、周囲に迷惑をかけて、とか、そういう意味と受け取れる。けれども、ハルの言うワガママっていう言葉は、どちらかと言うと、ジェンダーとか、社会的な常識とか、そういうものに縛られずに生きよう、といような意味になる。それは、ハルの幼いころの出来事であったり、はたまた、最近、というか、ある意味では現在でもあるであろう、女性だからどうのこうの、みたいな部分への反発と言うのが根底にある。その一方で、巨額の詐欺、さらに殺人を犯して、というイメージに反して、周囲への気配りを忘れず、経営していた料亭の閉店時にも関係者に対し、十分な退職金を払うなど、自分勝手と言う印象を与えない人でもあった。物語の前提として、「悪人」というところから始まるのだけど、読んでいるうちに、この朝比奈ハルという人物がどんどん魅力的に感じられていく。
ただ、社会的な大成功を収めたはずのハル。けれども、その成功によって本人が語る「ワガママ」が果たせたのか、というと……
極貧の中で育ったことにより手に入れた「お金があれば」という思い。しかし、それだけで済むわけでもなかった。その象徴が「うみうし様」であった、という皮肉。さらに、その金自体が、今度は彼女をワガママに生きられなくしてしまった……
一人の女性の生き様を通し、戦後からバブルへ……という時代の、日本の価値観、社会制度……そういうものを上手く描いた作品である、と言う風に感じる。

No.5729

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