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Y田A子に世界は難しい

著者:大澤めぐみ



自我を宿したAIを内蔵したロボット瑛子は、訳あって和井田家に居候中。和井田家の勧めもあって、高校に入学した瑛子は、孤独な同級生・風香らと出会って……
何この、謎の『ボボボーボ・ボーボボ』推し。
物語は、ロボットである瑛子が、なぜか高校に通うことになり、そこで風香らと出会い、友達、アルバイト、部活動なんていうものと対面していく、という話。
冒頭1頁目、唐突に瑛子が風香に「友達になりましょう」と声をかけるところから始まり、当然、ドン引きされるのだけど、風香に言われた言葉を辞書的な意味で解釈してみたり……と、序盤はいかにもロボット、という感じのやりとり。ところが、読んでいくうちに、どんどん人間臭くなっていく、というのが印象的。それが、『ボボボーボ・ボーボボ』だったりするのだけど……
で、読んでいて思うのは、ロボット、人間って、何だろう? もっと大げさに言うと、生きるって何だろう? 的なことかな。
作中、アルバイト先の回転寿司店で、寿司を握るロボット(機械)、さらにペッパーくんと出会ったりするのだけど、その中で突き付けられるのはロボットというのは、「これをするため」に作られたもの、という部分。それって、例えば、モノを切るために作られる刃物、とか、水をくむために作られる桶とかの延長線と言える。けれども、瑛子の場合、(開発当初にはなかったわけではないが)基本的に何をするため、と言う形で生み出されたわけではない。目的もなく生み出された瑛子は、いわば空っぽの状態。そんな彼女の成長(?)というのが印象に残る。
そして、それと同時に、最初に瑛子が友達に、と声をかける風香の方もまた、成長していくのが印象的。当初、瑛子の言葉にドン引き状態から始まった関係だけど、瑛子に引きずられる形で色々と関わっていく。そして、そんな中で彼女自身も何をしたいのか? なんていうことを考え、一歩を踏み出すようになっていく。それを考えると、やっぱり人間とは? ロボットとは? みたいなことが頭をよぎる。
と言う風に書いていくと、なんか、物凄く真面目な話みたいな感じだけど、物語そのものはAIだからこその、ちょっとボケた瑛子の考えとかが楽しい。例えば、部活をやらないか、と言う中でのアレコレ。団体競技をやったら、それぞれのプレイヤーの行動とかをシミュレーションする中で処理が追い付かなくなってしまった。じゃあ、一人でやれるもの……として、弓道や音楽をやってみるが、これは一度、型のパターンを習得すれば同じことをするだけ。それでは面白くもない。この辺とか、まさにロボットそのもの、なんだよな。ただ、そこに意味を見出す、それも面白さなんていう意味を。それ自体が人間らしさ、ともいえる。このあたりの描き方がすごく好きだ。

No.5788

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