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今夜、もし僕が死ななければ

著者:浅原ナオト



新山遥は、死の近づいている人がわかる。10歳で両親と妹を交通事故で喪ってから、それを見ることができるようになった。なぜ、そんな力が自分にはあるのか? それをどうすればよいのか? しかし、見てみぬふりをできない彼は、死の兆候を見出した相手に声をかける……
そんな新山遥が14歳、17歳、20歳、24歳、そして、10歳の出来事を描く連作長編作品。
粗筋では、遥視点での物語のように思えるのだけど前半の3編は、遥ではなく、遥が出会う人々の視点で描かれる。
物語の端緒となる1編目『14歳』。40代ながら末期癌に侵された稲川は、同室で入院中の老婆に声をかけている少年を目撃する。その直後、その老婆は本当に急変して亡くなってしまう。そんな少年・遥に興味を持った稲川は彼に声をかける。そして、稲川は自分の趣味である映画についての話で遥と盛り上がる。そして、いざ、稲川の死が迫った時……
学生時代、映画サークルで知り合った妻。しかし、忙しさにかまけ、妻の異変を察知できなかった。家族を喪った稲川の後悔。そんな彼の最後に、しっかりと向き合った遥。最後に判明した稲川と亡き妻の家族の関係。きっかけとなった老婆の「人の価値は、死に際にわかる」というのがしっかりと回収されているように感じた。
3編目『20歳』。レンタルビデオ店でバイトをする大河原。ゲイである彼は、遥に一目惚れ。そんな彼には、半ば同棲しているリュウという恋人がいる。そんなリュウは、自分がHIVに感染している、ということを告白、そして自殺をした……。リュウの自殺後に判明した彼の嘘の数々。HIVは、確かに恐ろしい病ではあるが、しかし、適切な治療をすることでその天寿を全うすることは可能。なぜ、死を選んだのか? そんな疑問を持っていた大河原が発見したのは……。男娼であったリュウ。広い人間関係を持っていたが、しかし、実際には……。そんな中、大河原だけは、HIVでも離れていかなかった。だからこそ、彼は……。寄り添ってやれなかった、ではなくて、寄り添いすぎたからこそのリュウの決意。皮肉な結末が印象に残る。
そして、4編目、5編目から、遥視点の物語に。
結婚をし、間もなく子供が生まれる、という24歳の遥。その前に妻と旅行に出かけた遥だったが、そこで妻は破水してしまう。何とか、危険な出産を終えた妻だったが、生まれた子供に遥が見たものは……。そんなところから始まっての遥にとっての「死が見える」ことの意味。思い出すのは、両親、妹を喪い、同じ力を持つ婆ちゃんに預けられた日々のこと。
死が見えることの意味。それは何なのか? 究極的に、これだ、という結論はないのかもしれない。しかし、死が見えることで、何かをしなくては、という思いに駆られる。覚悟というのを持つことが出来る。ばあちゃんに対して見えた死。それを告げられたばあちゃんの最期の姿。ある意味では残酷かも知れない。けれども、ばあちゃんの最期の姿は、ある意味では希望を持つことも出来た。そんな印象が強い。ばあちゃんと過ごした時間は短かったかもしれない。でも、沢山のことを教わった、というのを感じる過去編という印象。
そして、エピローグ……
そんな彼の結末を描いている、ということではあるのだけど……。遥が感じた力の意味。それを伝えることは出来るのか? 最後の最後が不穏な印象も残るだけに……

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