著者:貫井徳郎

漁業が主な産業の島・神生島。本土では明治維新の動乱が続く頃、島へイチマツこと、一ノ屋松造が帰ってきた。数十年に一度、とんでもない美貌の男を輩出し、島に福をもたらすという一ノ屋に誕生した美貌の男・イチマツ。そんな彼の血を引く一族を描く物語、第1作。
単行本として刊行されている著者の作品は全部読んでいる私だけど、本作は、これまでの著者の作品とは一線を画す作品だな、というのを思う。物語は、第1部でイチマツが島へ戻ってきた、というところから始まり、第2部以降はイチマツの血を継ぐ者たちを描いた連作短編みたいな感じだろうか。
というわけで、イチマツが直接えがかれる第1部『神の帰還』。くが(本土)へと行っていた一ノ屋松造が帰還した。福をもたらす、というイチマツは、仕事をすることもなく、島の人々から食料などを渡され、島をうろうろとするだけ。しかし、その美貌もあり、次々と島の女たちと懇ろに。そんなイチマツに対し、島の男たちは怒ったり、悲嘆に暮れたり。しかし、当の女たちは幸せを感じていた。そんな生活を続けるイチマツだったが、ただ一つ、くがからやってくる船には興味を覚え、くがでの様子を詳細に聞いて回っていた。そこには、イチマツが語らないくがでの日々があった……
島において、文字通り自由気ままな生活を送るイチマツ。しかし、そんな彼にも、苦悩があり、思うところがあった。そんな後味の残る結末が印象的だった。そして、第2部以降は、その血をひく者たち……
第2部は、娘がイチマツの子を産んだ漁師・六蔵視点。イチマツ最後の子供として生まれた平太。イチマツの血をひくことを証明する痣はあるが、しかし、その容姿は全くイチマツに似ておらず、話をしても「うん」と軽く返すだけ。見た目はさえず、見るからに阿呆という感じの姿に、あまり運が良くない自分はまた……と思うのだが……。しかし、イチマツとも親交のあった青年は平太はとても頭が良いという。半信半疑ながら、島の和尚に平太に教育を授けてもらうと……。親の欲目、とは逆の想い。しかし、自分も期待していなかった孫の思わぬ実力を知って……。タイトルの『人間万事塞翁が馬』が六蔵の人生を上手く表していると感じる。
一方で、イチマツの子で、一ノ屋の跡取りに選ばれた晋松を描いた第3部。幼いころから、母から「父にそっくり」と言われ、一ノ屋を継ぐことになった晋松。父のように、というのを目標にするのだが……。ある意味、彼の空回りを描いた話とは言える。その後の話の中で、滑稽な存在とすら言われる晋松。けれども、様々な出来事の中で、彼は彼なりに、一ノ屋という存在を大事にし、島の、人々の幸福を願っていた。当人の頑張りと、しかし、周囲のギャップ。それが凄く切なかった。
性別は違うものの、イチマツのように美貌に恵まれた女性・鈴子を描く第6部。幼少の頃から、美しく、しかも、年を重ねるごとにその美貌に磨きがかかっていく。その中で、数多くの男を狂わせて……。ある意味、こちらもギャグのような展開ではある。あるのだけど、イチマツとは違い、その美貌が鈴子にいらぬトラブルを招いて……という話は本人にとっては地獄かも知れない。そういうことも同時に感じる。
そして、本書の最終章である第7部『才能の使い道』。イチマツの娘と結婚し、良太郎を授かった漁師の惣一郎。息子の良一郎が、ふとしたきっかけで芸術の才能があることを知る。しかし、良太郎は、非常に飽きっぽい性格で……
まず思ったのが、惣一郎が凄く良い親なのだな、ということ。息子の芸術に関する才能を聞かされるが、同時に。その欠点も知る。そもそも、そんな才で身を立てる、なんてことだって難しいことはわかっている。だからこそ、そんなことを望んではいけない、とも感じる。そんな矢先に起きたのは……
息子の才を信じ、しかし、その事件で起きたこと。飽きっぽい息子がその事件を通じて見つけ出した自らの夢。無理じゃないか、と思いつつも、でも、そんな夢を応援する姿は、素直に良い親父さんだな、と感じられた。そんな結末。何よりも「福をもたらす」のは何者なのか? そういう結末も美しかった。
物語としては、イチマツの孫世代まで。島の人々も知り合い同士。けれども、今後は、様々に広がることだろう。そういう広がりが、どう物語に進んでいくのか楽しみ。
No.5959

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この記事は、「新・たこの感想文」に掲載するために作成したものです。
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漁業が主な産業の島・神生島。本土では明治維新の動乱が続く頃、島へイチマツこと、一ノ屋松造が帰ってきた。数十年に一度、とんでもない美貌の男を輩出し、島に福をもたらすという一ノ屋に誕生した美貌の男・イチマツ。そんな彼の血を引く一族を描く物語、第1作。
単行本として刊行されている著者の作品は全部読んでいる私だけど、本作は、これまでの著者の作品とは一線を画す作品だな、というのを思う。物語は、第1部でイチマツが島へ戻ってきた、というところから始まり、第2部以降はイチマツの血を継ぐ者たちを描いた連作短編みたいな感じだろうか。
というわけで、イチマツが直接えがかれる第1部『神の帰還』。くが(本土)へと行っていた一ノ屋松造が帰還した。福をもたらす、というイチマツは、仕事をすることもなく、島の人々から食料などを渡され、島をうろうろとするだけ。しかし、その美貌もあり、次々と島の女たちと懇ろに。そんなイチマツに対し、島の男たちは怒ったり、悲嘆に暮れたり。しかし、当の女たちは幸せを感じていた。そんな生活を続けるイチマツだったが、ただ一つ、くがからやってくる船には興味を覚え、くがでの様子を詳細に聞いて回っていた。そこには、イチマツが語らないくがでの日々があった……
島において、文字通り自由気ままな生活を送るイチマツ。しかし、そんな彼にも、苦悩があり、思うところがあった。そんな後味の残る結末が印象的だった。そして、第2部以降は、その血をひく者たち……
第2部は、娘がイチマツの子を産んだ漁師・六蔵視点。イチマツ最後の子供として生まれた平太。イチマツの血をひくことを証明する痣はあるが、しかし、その容姿は全くイチマツに似ておらず、話をしても「うん」と軽く返すだけ。見た目はさえず、見るからに阿呆という感じの姿に、あまり運が良くない自分はまた……と思うのだが……。しかし、イチマツとも親交のあった青年は平太はとても頭が良いという。半信半疑ながら、島の和尚に平太に教育を授けてもらうと……。親の欲目、とは逆の想い。しかし、自分も期待していなかった孫の思わぬ実力を知って……。タイトルの『人間万事塞翁が馬』が六蔵の人生を上手く表していると感じる。
一方で、イチマツの子で、一ノ屋の跡取りに選ばれた晋松を描いた第3部。幼いころから、母から「父にそっくり」と言われ、一ノ屋を継ぐことになった晋松。父のように、というのを目標にするのだが……。ある意味、彼の空回りを描いた話とは言える。その後の話の中で、滑稽な存在とすら言われる晋松。けれども、様々な出来事の中で、彼は彼なりに、一ノ屋という存在を大事にし、島の、人々の幸福を願っていた。当人の頑張りと、しかし、周囲のギャップ。それが凄く切なかった。
性別は違うものの、イチマツのように美貌に恵まれた女性・鈴子を描く第6部。幼少の頃から、美しく、しかも、年を重ねるごとにその美貌に磨きがかかっていく。その中で、数多くの男を狂わせて……。ある意味、こちらもギャグのような展開ではある。あるのだけど、イチマツとは違い、その美貌が鈴子にいらぬトラブルを招いて……という話は本人にとっては地獄かも知れない。そういうことも同時に感じる。
そして、本書の最終章である第7部『才能の使い道』。イチマツの娘と結婚し、良太郎を授かった漁師の惣一郎。息子の良一郎が、ふとしたきっかけで芸術の才能があることを知る。しかし、良太郎は、非常に飽きっぽい性格で……
まず思ったのが、惣一郎が凄く良い親なのだな、ということ。息子の芸術に関する才能を聞かされるが、同時に。その欠点も知る。そもそも、そんな才で身を立てる、なんてことだって難しいことはわかっている。だからこそ、そんなことを望んではいけない、とも感じる。そんな矢先に起きたのは……
息子の才を信じ、しかし、その事件で起きたこと。飽きっぽい息子がその事件を通じて見つけ出した自らの夢。無理じゃないか、と思いつつも、でも、そんな夢を応援する姿は、素直に良い親父さんだな、と感じられた。そんな結末。何よりも「福をもたらす」のは何者なのか? そういう結末も美しかった。
物語としては、イチマツの孫世代まで。島の人々も知り合い同士。けれども、今後は、様々に広がることだろう。そういう広がりが、どう物語に進んでいくのか楽しみ。
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