著者:貫井徳郎

太平洋戦争により、大きな傷跡を残すこととなった神生島。一ノ屋の血をひく者たちを中心とした150年にわたる物語。最終巻。全4編を収録。
物語はいよいよ、太平洋戦争終結後から現在までの物語に。
第14部『明日への航路』。
空襲により、両親を喪った勝利。そんな勝利を拾ったのは、戦によって顔に火傷を負った男・信介。一見、強面だが楽天家で面倒見の良い信介との生活が始まる。くがとの航路を喪った神生島を再生させるため、連絡船の復活を考えるが……
とにかく、このエピソードは信介が魅力的。顔の傷もあって強面に思えるが、面倒見の良い男。そして、そんな彼を手伝う女性・良子。勝利から見ても、信介と良子はお似合い。しかし、信介は本土へとしばしば行くためにすれ違い勝ち。しかも、信介は顔の傷のコンプレックスか、自分の想いを素直に告げようとはしない。島の復興のために奮闘する信介の魅力と、しかし、そんな魅力的なのに良子に対してはもどかしさ残らない態度。復興に向けての奮闘の、一種の楽しさと、もどかしい恋愛小説という二つの側面を感じられるエピソードだった。あと、中巻の最後のエピソードで登場する「問題児」こと、メイ子が良い味を出しているのも好き。
第15部『野球小僧の詩』。野球好きな父に野球を教わり、プロ野球選手になりたい、という思いを抱く静雄。中学に入り、仲間たちと共に野球部に入部する静雄たちだったが……
この巻において、というか、シリーズ中で最も長いエピソード。本当、野球モノの話、なんだよね。将来はプロ野球選手になりたい、という静雄。中学で野球部に入るものの、いつも熱心に練習をしてきた静雄たちと名ばかりの先輩たちでは実力が全く違う。先輩たちはすぐに退部し、選手がそろわない、という中で仲間を集め……。そんな静雄たちの中学から高校までの話。
周囲からも「野球馬鹿」と言われる静雄。頭脳派で相手の裏を突くのが得意な功喜。気分屋な部分はあるが、力はある山辺なんていう面々のキャラクターが立っていて、彼らが野球をしているだけ、でまず楽しい。その一方で、高度成長時代だけどまだ裕福とは言えない生活。試合をするには本土へ行かねばならないという地理的なハンデ。そんなハンデを乗り越えて甲子園を目指す物語は、これだけ独立して青春スポーツもの、としても成立しているんじゃないかと思う。
第16部『一の屋の終わり』。一ノ屋本家の跡取り息子・松人。父からは、血を残せ、というのを至上命題として言われていた。しかし、彼は……
多分、松人のような存在って、過去のエピソードの時系列の中にもいたんじゃないかと思う。物語の時間が昭和の末期へ……という中で、自分が好きなのは……ということを自覚する松人。そういう存在が世の中に知られつつあるようになってきたが、しかし、偏見の強かった時代。しかも、離島という閉鎖された空間での葛藤。さらに「一ノ屋」の跡取りという名前が彼を苦しめる。閉鎖的な島で悩む松人と、子供時代からの友人で、アイドルとして島を出ていったが……という理香の存在が対照性が印象に残るエピソードだった。
そして、最終編である『邯鄲の島遥かなり』。時代が平成へと移り変わった時代。島の火山が爆発。静雄の娘である育子も含め、島民は本土へと全員避難する、ということになるのだが……
まず思ったのが「そっちだったか!」ということ。神生島という架空の名前になっているわけだけど、ある程度、モデルとなっていた島は予想が出来ていたと思う。でも、このエピソードの中でえがかれた事件により、ちょっと予想とは違っていた、というのを思ったり(もっとも、架空の島、なのでどちらでも良いのかもしれないけれども)
それはともかくとして、作中での物語。第1部から、物語は一貫して島内での物語。しかし、全島民避難ということで島を離れねばならなくなった育子。しかも、避難は数年に及び、育子の生活基盤は島ではなく、東京に……。島へ戻ることが出来るようになっても、育子は両親と別れ島へ残ることとなった。そんなときに起きた東日本大震災。震災ボランティアに参加する中で、ヨシアキという青年と出会う……
生まれ育った島。しかし、生活の基盤ではなくなってしまった故郷。故郷だからこそフラットに見ることが出来ない、なんていう部分と、その島に可能性を見出したヨシアキ。恋人として付き合う中で、育子は……。ここまで、島だけを舞台にしていた物語が、島の外に行ったからこそのエピソード。一度は故郷から離れたとしても……。こうして島の歴史はさらに続いていくのだ、というのを実感できるエピソードで、壮大な物語の締めに相応しいと感じた。
ということで、全3巻。単行本での総頁数1736頁という物語で、最初はファンタジーみたいな部分もあった話。
各エピソードとも、基本的には独立しており(登場人物の重複は当然にある)、短編集的な話とは言える。けれども、「一ノ屋」という一族を軸にしてそれぞれの運命などが描かれ、さらに、各エピソードの時代性を強く感じられた。
作品の紹介では「大河小説」とあるのだけど、読み終わると「確かに」という感じ。それぞれ、別々の物語ではあるのだけど、そんな人々が紡いできたからこその歴史。そして、それは今後にも繋がっていく……。歴史、というのはこういう風に紡がれていくのだ、というのを読み終わり、こうやって感想を書いていて思った。
No.6023

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この記事は、「新・たこの感想文」に掲載するために作成したものです。
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太平洋戦争により、大きな傷跡を残すこととなった神生島。一ノ屋の血をひく者たちを中心とした150年にわたる物語。最終巻。全4編を収録。
物語はいよいよ、太平洋戦争終結後から現在までの物語に。
第14部『明日への航路』。
空襲により、両親を喪った勝利。そんな勝利を拾ったのは、戦によって顔に火傷を負った男・信介。一見、強面だが楽天家で面倒見の良い信介との生活が始まる。くがとの航路を喪った神生島を再生させるため、連絡船の復活を考えるが……
とにかく、このエピソードは信介が魅力的。顔の傷もあって強面に思えるが、面倒見の良い男。そして、そんな彼を手伝う女性・良子。勝利から見ても、信介と良子はお似合い。しかし、信介は本土へとしばしば行くためにすれ違い勝ち。しかも、信介は顔の傷のコンプレックスか、自分の想いを素直に告げようとはしない。島の復興のために奮闘する信介の魅力と、しかし、そんな魅力的なのに良子に対してはもどかしさ残らない態度。復興に向けての奮闘の、一種の楽しさと、もどかしい恋愛小説という二つの側面を感じられるエピソードだった。あと、中巻の最後のエピソードで登場する「問題児」こと、メイ子が良い味を出しているのも好き。
第15部『野球小僧の詩』。野球好きな父に野球を教わり、プロ野球選手になりたい、という思いを抱く静雄。中学に入り、仲間たちと共に野球部に入部する静雄たちだったが……
この巻において、というか、シリーズ中で最も長いエピソード。本当、野球モノの話、なんだよね。将来はプロ野球選手になりたい、という静雄。中学で野球部に入るものの、いつも熱心に練習をしてきた静雄たちと名ばかりの先輩たちでは実力が全く違う。先輩たちはすぐに退部し、選手がそろわない、という中で仲間を集め……。そんな静雄たちの中学から高校までの話。
周囲からも「野球馬鹿」と言われる静雄。頭脳派で相手の裏を突くのが得意な功喜。気分屋な部分はあるが、力はある山辺なんていう面々のキャラクターが立っていて、彼らが野球をしているだけ、でまず楽しい。その一方で、高度成長時代だけどまだ裕福とは言えない生活。試合をするには本土へ行かねばならないという地理的なハンデ。そんなハンデを乗り越えて甲子園を目指す物語は、これだけ独立して青春スポーツもの、としても成立しているんじゃないかと思う。
第16部『一の屋の終わり』。一ノ屋本家の跡取り息子・松人。父からは、血を残せ、というのを至上命題として言われていた。しかし、彼は……
多分、松人のような存在って、過去のエピソードの時系列の中にもいたんじゃないかと思う。物語の時間が昭和の末期へ……という中で、自分が好きなのは……ということを自覚する松人。そういう存在が世の中に知られつつあるようになってきたが、しかし、偏見の強かった時代。しかも、離島という閉鎖された空間での葛藤。さらに「一ノ屋」の跡取りという名前が彼を苦しめる。閉鎖的な島で悩む松人と、子供時代からの友人で、アイドルとして島を出ていったが……という理香の存在が対照性が印象に残るエピソードだった。
そして、最終編である『邯鄲の島遥かなり』。時代が平成へと移り変わった時代。島の火山が爆発。静雄の娘である育子も含め、島民は本土へと全員避難する、ということになるのだが……
まず思ったのが「そっちだったか!」ということ。神生島という架空の名前になっているわけだけど、ある程度、モデルとなっていた島は予想が出来ていたと思う。でも、このエピソードの中でえがかれた事件により、ちょっと予想とは違っていた、というのを思ったり(もっとも、架空の島、なのでどちらでも良いのかもしれないけれども)
それはともかくとして、作中での物語。第1部から、物語は一貫して島内での物語。しかし、全島民避難ということで島を離れねばならなくなった育子。しかも、避難は数年に及び、育子の生活基盤は島ではなく、東京に……。島へ戻ることが出来るようになっても、育子は両親と別れ島へ残ることとなった。そんなときに起きた東日本大震災。震災ボランティアに参加する中で、ヨシアキという青年と出会う……
生まれ育った島。しかし、生活の基盤ではなくなってしまった故郷。故郷だからこそフラットに見ることが出来ない、なんていう部分と、その島に可能性を見出したヨシアキ。恋人として付き合う中で、育子は……。ここまで、島だけを舞台にしていた物語が、島の外に行ったからこそのエピソード。一度は故郷から離れたとしても……。こうして島の歴史はさらに続いていくのだ、というのを実感できるエピソードで、壮大な物語の締めに相応しいと感じた。
ということで、全3巻。単行本での総頁数1736頁という物語で、最初はファンタジーみたいな部分もあった話。
各エピソードとも、基本的には独立しており(登場人物の重複は当然にある)、短編集的な話とは言える。けれども、「一ノ屋」という一族を軸にしてそれぞれの運命などが描かれ、さらに、各エピソードの時代性を強く感じられた。
作品の紹介では「大河小説」とあるのだけど、読み終わると「確かに」という感じ。それぞれ、別々の物語ではあるのだけど、そんな人々が紡いできたからこその歴史。そして、それは今後にも繋がっていく……。歴史、というのはこういう風に紡がれていくのだ、というのを読み終わり、こうやって感想を書いていて思った。
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