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中野のお父さんの快刀乱麻

著者:北村薫



シリーズ第3作となる連作短編集。全6編を収録。
あれ? このシリーズって話の方向性が大きく変化したんだなぁ……というのを読み終わってまず感じた。
というのも、過去のこのシリーズの話というのは、各編、文学の世界に名を残す作家のエピソードとかを取り入れたりはしていても、謎自体はあくまでも「日常の謎」。つまり、普段の生活の中で見かけたちょっとした不可解なことは、こういう理由からなのでは? と解き明かすようなエピソードが中心だったから。
ところが、本作の場合、6編とも作家、落語家と言った面々のエピソード、その言動などについて、様々な資料などを基にして新たな(?)解釈を行う、というような歴史ミステリのような側面が強くなってるため。正直なところ、自分は、あまり……というか、全くそういう部分については詳しくないので十全に楽しめた、という感じがしない、というのが本音だったりする。
その中で、印象に残ったのは3編目『小津安二郎の義理人情』。
小津安二郎の映画『彼岸花』と『秋日和』。作品が始まると、まず大きく「原作 里見弴」の名が……。里見は当時の流行作家。それを映画にしたのだろう……と思えば、原作と映画では全く話が違う。キャラクター名くらいしか一致しているものがない、というレベルで。現在の映画のように、原作があっても実質、オリジナルみたいな形なのでは? という考えもあるが、小津もまた当時から一流の映画監督。そんなものを付ける必要はないはず……
主人公である美希がまず言った客寄せのための「原作」って、本当、現在の映画で多いよね、というのに同感。そして、現在はそうしないと予算が出ないとか、そういう事情があるのだけど、当時はまだそういうことはないっていうのは確かに。じゃあ、何なのか? それは、『小津安二郎全集』の解説と中央公論社の『日本の文学』の付録にある伊藤整と里見の対談を合わせると答えが見えてきて……
現在ほどには著作権とか、そういうものが厳しくなかった時代に行われたこと。そのときのある出来事について、タイトルにもある小津の引っ掛かりが、こういう形の作品へと繋がった(勿論、その一方で、金、という問題も含めて)……というのはなるほどな、というのを感じた。そして、米沢嘉博氏の『戦後エロマンガ史』を読んだとき、劇画ブームの時代、その劇画の「原作」「原案」として当時の著名作家たちが名を連ねているものが多かったことを思いだした。多分、これも同じような形なんじゃないか、なんてことも思ったりする。
日常の謎に近い、と言えば近いのかな、と思うのは6編目『古今亭志ん朝の一期一会』。古今亭志ん朝の『三軒長屋』が聞きたい、という義母の為、その音声が録音されたCDをプレゼントした。しかし、義母はあまりしっくり来ていない様子。それは何なのか?
古今亭志ん朝、落語会での大騒動のエピソードとかを描きつつの話なのだけど、これは素直にわかる、という気がする。音声作品としても親しまれる落語。しかし、そもそもが舞台芸術であり、古今亭志ん朝自身がそれに拘っており、自身の音声作品は残そうとしなかった理由。作中の謎解きと完全にリンクしているかどうかはわからないけど、例えば、音楽CDでも加工とかそういうものも加わったCDとライブ盤では雰囲気が異なっていて、とか、そういうのに近いのだろうな、というのを思う。
最初に書いたように、自分は作家名と作品名くらいは知っていても、それぞれの人間関係とかは全く知らないので、完全に楽しめたのか? と言えば「
?」ではある。でも、その中でのアレコレを自分なりに解釈して楽しむことが出来た……のかな?

No.6114

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Tag:小説感想北村薫

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