fc2ブログ

霧をはらう

著者:雫井脩介



病院の小児病棟で起きた点滴死傷事件。同じ病室に入院していた4人の子供の点滴にインスリンが混入され、2人が死亡。逮捕されたのは、生き残った入院患者の母親・小南野々花。取り調べに対し、一度は犯行を認めたものの、彼女は再び否認に転じる。若手弁護士の伊豆原は、大物弁護士の貴島、同期の桝田と共に、彼女の弁護団に入り……
ということで、点滴死傷事件の被告となっている小南野々花の冤罪を晴らす、という物語。
形だけで言えば、法廷ミステリという言葉で表せてしまうのだけど、500頁という分量があるだけあって、その中での関係者への聞き込み、野々花との面会。その中で少しずつ露になっていく取り調べの中での圧力。医療関係者の中の人間関係。弁護団の中でのすれ違い……。そういうものの一つ一つが非常に丁寧に描かれている。
物語の大きなポイントとなるのは、被告人・野々花の人間性。自分が起こしたこと、というのに、なぜか他人事のようにそれを語る野々花。元々、看護助手をしており、ある程度の医療知識を持っており、しかし、その時代の経験などから病院での治療というものに対しての不信感なども抱いている。自分の娘の点滴を勝手に操作したり、娘だけでなく同室の患者に対してもある意味では自分勝手な指導を進めたりして揉めることも。特に、事件で死亡した少女の母親は、そんな野々花に対して激怒していた。しかし、野々花は、どこ吹く風という様子で……。検察側は、そんな母親同士の対立が動機の一つと考え、さらに娘も標的にしたのは代理ミュンヒハウゼン症候群によるものとして起訴を進めていく……
作中、伊豆原が言うように、この筋立てはかなり無理があると言わざるを得ない。しかし、有罪率99.9%という刑事司法の状況下で圧倒的に不利なのは間違いのないところ。しかも、被告自身がトラブルを抱えており、医療知識があったとすればそれをひっくり返すのは難しいところ。焦点となるのは、インスリンを混入させたタイミングでの野々花の行動。空白の数分間……。そこをどうひっくり返すのか?
というのが伊豆原の調べになっていくわけだけど、物語のもう一人の主人公である野々花の長女・由惟の心情と言うのも読みどころ。入院中の妹・紗奈に付き添い、毎日、病室に泊まり込んで看病する部分は評価ができるが、同室の患者の事情などにもズケズケと入り込み、自分自身が夫の浮気で離婚したくせに看護師らの噂などを楽しそうに話す母親が大嫌い。そして、そんな母が逮捕されたことで、自分たちにも攻撃が始まり、自身の大学進学も出来なくなってしまう。伊豆原は冤罪と言うが、やっていないのに自白などしないはず。母を擁護する伊豆原をどうも信用しきれない。自白の信頼性という問題と、自分の境遇からくる母への怒り。その複雑な感情が素直に伝わってくる。それが、自身も含めて様々な出来事が起こる中で変化していき……
物語の焦点はあくまでも、小南野々花の冤罪を晴らす、という部分なので、事件の真相などについてはちょっとアッサリ目には感じた。けれども、事件の中のアレコレが極めて丁寧に、しっかりと描かれていてこれでもか、というくらいに引き込まれた。

No.6128

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
にほんブログ村

この記事は、「新・たこの感想文」に掲載するために作成したものです。
他のブログなどに、全文を転載することは許可しておりません。
「新・たこの感想文」以外で全文を転載したブログ等がありましたら、それは著作権を侵害した違法なものとなります。


スポンサーサイト



Tag:小説感想雫井脩介

COMMENT 0