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風を彩る怪物

著者:逸木裕



音大受験に失敗した名波陽菜は、姉が喫茶店を営む山村・奥瀬見を訪れる。素人楽団、姉の店の手伝いをしつつ、フルートの練習をする陽菜は、地元でオルガン工房を経営する芦原幹、朋子父子と出会う。そして、陽菜はその耳の良さを買われ、同い年の朋子とともにオルガン作りを手伝うこととなって……
最近は、音楽を題材にした作品も多く出版している著者。本作は、オルガン作り。
まず、物語として、という以前の話として……オルガンというもの自体が面白い。オルガンというと、ピアノの元になった楽器で……みたいなことは知っているけど、自分自身が振れたことがあるものは、幼稚園とか小学校の頃にあった楽器で、ちっちゃなピアノみたいな楽器……というような印象。勿論、パイプオルガンのようなものじゃなくて、電子オルガンで……というのが自分の接したもの。
ところが、そのオルガンそのもののイメージが覆された。鍵盤楽器で……というが、ピアノよりも遥か昔から存在していた楽器。その構造は、パイプ、それを通る空気の扱いでその音は千差万別になる。そして、それ故に個々のオルガンに個性があり、一つとして同じものは存在しない。だからこそ、製作者の腕であり、また求めるものが重視される。そして、演奏者もまた一期一会の出会いを体感することになる。
そういうのが、物語の前提として綴られるのだけど、この時点で面白いもの。
そんな物語は2部構成で綴られ、前半が陽菜、後半が朋子の視点での物語。どちらも、青春モノとして興味を惹かれる。
幼いころから音楽が好きで、フルート奏者として音大進学、そして、その世界へ……というのを目指していた陽菜。しかし、受験を前にしたコンクールで大きな挫折を味わうことに。会心の演奏ができた。しかし、その後に現れた演者たちは……。幼いころから「何でも好き」だった陽菜。しかし、それは、言い換えれば何でもよかった。自分に個性なんてものはないのでは? そんな迷路に入り込んでしまう。そんなときに出会ったオルガン。芦原父子とのやりとり、オルガン奏者とのやりとりから興味を惹かれていくが……
一方の朋子。オリガンビルダーの父。奏者の母という家庭に生まれ、自分もまたオルガンビルダーを目指した。だからこそ、ふわふわとした陽菜が気に入らない部分も。しかし、父の急死。依頼されていたオルガン製作に暗雲が立ち込めたとき、朋子もまた、自分は本当にオルガンビルダーを目指していたのか? という問いと直面させられる……
オルガン製作というものが主題になりつつ、その中で、陽菜、朋子がともに、自分が目指していたものは何なのか? という問いに直面し、そして、それぞれの進むべき先を模索している。そして、自然の中で見つけた朋子の父・幹が目指していたものの正体……
オルガンに関する情報そのものの面白さ。陽菜、朋子が直面する自分の目指すもの、という問い。そして、幹が目指していたものの壮大さ。すべてが魅力的で、文字通り最後まで一気読みだった。面白かった。

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Tag:小説感想逸木裕

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