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刑事弁護人

著者:薬丸岳



刑事事件に情熱を注ぐ弁護士・持月凜子。彼女に持ち込まれたのは、埼玉県警の女性刑事・垂水涼香が通っていたホストクラブのホストを殺害した、という事件。凛子は、同僚で、元警察官という異色の経歴を持つ弁護士・西と共に弁護にあたる。休日、偶然にあった被害者のホスト・加納から部屋に誘われ、そこで襲われそうになったために部屋にあった酒瓶で殴って逃げた。殺意はなかった、という垂水だが……
まず、読む前に「えらくそっけないタイトルだな」ということだったり。これまでの著者の作品もシンプルなものは多かったのだけど、作中でキーワードとなる一言とかなのだけど、今回は本当に刑事事件の弁護人という意味だし。
で、作中の事件も、そっけないタイトルと同様に実に地味な事件。容疑者が警察官である、ということは話題性があるかもしれないが、ホストクラブに通う女性が、そのホストを殺害。ホストと客の間のトラブル……なんていう事件はそこまで注目されるような事件じゃないし、それこそニュースだと「こういう事件があり、××県警××署は〇〇容疑者を逮捕しました」の一言で終わってしまうような事件だと思う。でも、そんな地味な事件を、500頁超という分量で描き、しっかりと読ませてくれるのは流石。
ともかく、冒頭に書いたような形の事件。殺意は否定しているものの、やったとされることは認めている被疑者。だが、細かな部分に違和感を感じさせ、何か嘘をついていることは明らか。都合の悪いことでも話してほしい。しかし、それすらも拒まれる。そのため、凛子、西は独自に聞き込みをし、彼女が隠していたことを探っていくが、今度は依頼人との軋轢が生まれてしまい……
依頼人と弁護人の間の信頼関係。相手を弁護するためにはすべてを知っておく必要がある。しかし、依頼人が常にすべてを話してくれるとは限らない。依頼人だって自分に都合の悪いことは言いたくないし、隠したいこともある。まして意図的に嘘をつくことだって……。そんな依頼人と弁護士の関係性。
その一方での加害者。ホストクラブで働いていた狩野は、音楽活動をしており、以前にはメジャーデビュー目前まで行っていた。だが、その矢先に窃盗事件を起こし、その話は流れてしまった。金銭的に困窮していた様子はなく、なぜそのタイミングで、という謎。しかも、事件を起こした場所は加納の生活圏からは離れた場所と違和感満載。さらに、加納を知る者は、加納が女性を襲うとは思えないと証言し……
依頼人の言葉の中にある違和感。そして、被害者の過去の中にある何かチグハグとした部分。さらに、そこには有罪率99.9%という日本の刑事司法の現実と、そこに対応したような法曹関係者の態度まであって……
最初に書いたように、この作品。決して派手さはない。ただ、淡々と凛子と西が、関係者に聞き込みをし、違和感を感じ、それを考察して……と、ここの展開もまた地味そのもの。でも、その丁寧な描写と、その中でしっかりと背景として司法の問題なども綴られる。本書を手に取ると、最初はその分量に気後れしそうなのだけど、読み始めるとどんどん気になっていく。そんな、見事な出来の作品だと思う。

No.6312

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Tag:小説感想薬丸岳

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