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涼子点景1964

著者:森谷明子



間もなく五輪が開幕。急ピッチで開発が進む東京・新宿に暮らす少年・健太は漫画に熱中する日々。ところが、そんなある日、近所の書店からその漫画雑誌を盗んだのではないか、と疑いをもたれてしまう。自分の潔癖を証明したい健太は、その日に出会った涼子という少女を探すが……(『健太』)
から連作短編形式で綴られる物語。でも、全編を読み終えると、1964年の東京五輪前後の時代を描いた作品のように感じる。
物語の中心にいるのは、タイトルでもわかるように「涼子」という一人の少女。
新宿の植木屋の娘として生まれたが、ギャンブルで借金を作って父が失踪。貧しい生活の中で母は伊香保へ出稼ぎに行き、祖母と二人で暮らす。しかし、ある日、名門女子高の理事長に見初められ、そこで暮らすことになる……
ある意味で出世物語のようにも思えるのだけど、各章の主人公たちの中でその印象は大きく異なる。例えば、冒頭に粗筋を書いた1編目『健太』の章。万引き犯の疑いをもたれた健太がようやく探し当てた涼子は、ただ疑いを晴らすだけでなくその真相も言い当てる。また、5編目『茂』では、地上げ屋に狙われた和菓子屋をどこからか手を引かせるために手引き。6編目『速水』では、理事長宅での窃盗騒ぎを誰も傷つけないような円満な形で解決してみせる。明晰な頭脳と、しかし、周囲の人たちに対する心遣いなど、心優しい面も感じさせる。
……が一方で、2編目『幸一』で綴られる何か不可解な彼女の出世(?) さらに、失踪した父を巡っての疑念。さらに、その涼子の母視点の7編目『道子』で綴られる母の行動の不可解さ。そう読み進めていくと、5編目『茂』で綴られた彼女が地上げ屋を……というのも不可解な話ではある。他のエピソードで綴られる優しい顔と、時折垣間見せる後ろ暗いのではないかという疑念。その理由が当の『涼子』編で綴られて……
単純に各編で謎が提示され、それが解明、解決して……という形ではあるのだけど、それぞれのエピソードの中に、戦争で焼け野原になった東京。戦後の苦しい日々と、そこからの復興。しかし、そこにある歪み……。その中で、強かに生きようとする者。そういう戦争から五輪へ。そんな時代背景がしっかりと感じられた。それこそが、この作品の、最大の味じゃないか、という気がする。

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Tag:小説感想森谷明子

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