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バイオスフィア不動産

著者:周藤蓮



バイオスフィア3型建築。それは、内部で資源・エネルギーなどが完結した新時代の住居。その浸透によって人類の在り方は大きく様変わりした。そんな建物の管理、クレーム処理を担当するアレイとサービスコーディネーターデバイスのユキオ。二人は、様々な家々の問題に向き合うこととなり……
という連作短編形式の物語。全5編を収録。
著者の作品、特に『吸血鬼に天国はない』シリーズや、『髭と猫耳』などは、常識とかそういうものを問う、というテーマを内包していると感じているのだけど、本作は、それを徹底的に突き詰めてきたという印象。
何しろ、本作の舞台となるバイオスフィア3型建築というのは、すべてがその中で完結するような機能を持ったもの。人々は、その中にこもり、その中でだけ生活をする。国とか、そういった多くの人々に共通するルールのようなものは喪失してしまっている。だからこそ、各家に、それぞれ全く異なった「社会」が出来上がっている。その社会の特色、そして、それを唯一、俯瞰してみることができるアレイは……
1編目『責問神殿』。そこでは、「痛み」を感じることで贖罪にできる、という宗教的価値を持つ者たちが暮らしている。そこで鎮痛剤が発見された……という。それは重要な違反行為。その鎮痛剤を使ったのは誰なのか? そんな調査をすることになるが……。住む人々は、肉体的に衰えている。そんな状況で、苦しいなら鎮痛剤をつかうのは、現代人の自分としては悪いことは出ない、と思う。だが……。鎮痛剤がどのくらい作られているのか? なんて情報から出てくる真相は……。そんなことを……というその建物故にできた考え方と、それでも人間は……という部分の対比が印象的だった。
社会がない、ということによって引き起こされることを考えさせられるのが3編目『翼ある子らの揺り籠』。住人が消えた、という知らせを聞いてその家にやってきたアレイとユキオ。そこで二人を待っていた住人は……。このエピソードの中で「子供」という存在が認識されたのは、近代になってから……といううんちくが描かれているのだけど、全てが家の中で完結する世界。しかも、管理する者もいなかったらどうなるか? 結構、哲学的なものを考えさせられた。
主人公であるアレイ自身は、こんな世界にあって閉所恐怖症で、建物に入ることができない。そして、様々な家の存在を知っているからこそ、その世界の在り方に疑問を抱いている存在。その立ち位置。しかし、そんな俯瞰した存在がいない世界の在り方。世界観の作り方と、常識って何だ? という問いかけ。物語そのものも面白かったのだけど、同時に色んなことを頭に浮かべざるを得ない。そんな読書時間を楽しむことができた。

No.6483

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Tag:小説感想周藤蓮

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